40夜 熊の玉座


猪熊という苗字がこの地ではあまり珍しくないのだが、
よく見ると強くて強くて、腕力も体力もありそうな名だ。

実際には、吾妻や安達太良山系にはイノシシはおらず熊がおり、
ニホンカモシカの生息も山脈に沿っているのだったか、、、。
正確なことはわからないので勘弁。
どの山にもいるのは猿?

山を歩くと熊に遭わなくとも、熊のほうは見ている、と聞いた。
熊の肉は堅い。
何度か貰って食ったが、また食いたいとは思わなかった。
好きな人はたまらなく好きで、美味くないから犬にやったと言ったら悔しがった。
熊猟をする人は、軽トラックの荷台に猟犬を積んで出かける。
そういう人を鉄砲打ち(てっぽうぶち)と呼んでいる。

いつも行く、山のふもとの公園に熊が出た。
昨日、犬と散歩していたら張り紙を見つけ、注意するよう書いてあった。
今朝の新聞にも載り、わたしは公園の散歩が禁止になってしまった。
広い公園は、ぐるりとまわると十キロもあるのだそうで、ところによっては鬱蒼とした森もある。

山に住んでいた小さいころ、
道路からすこしはずれた雪の森で遊んだ。
子供達は雪だるまなぞ面白くないので、王の玉座(ぎょくざ)を作った。
それは立派な白い椅子で、もしもどこかで雪の王が見ているのなら座ってほしかった。

山の本家の裏ではウサギを飼っていた。
触ったことはない。
昔、交通の便が良くなかった頃には、雪に閉ざされるからウサギは冬の蛋白源だった。
業者がどこからかやってきて、さばいて肉にし、毛皮を持って帰った。
母が小さいときのはなしなので、本家のウサギが食用だったかは知らない。

小さいころは、日中、本家に預けられていたので、温泉街で遊んだ。
ある日、こいこいと子供達が呼ばれるまま見に行ったら、道路に仕留めた熊がいた。
これからさばくという。
結わえた木を起こし、解体するさまを見た。
今でこそ熊の数が減ったから保護しなくてはならないと聞くが、
当時、野生動物は身近な脅威だったから、可哀相だとかいう感情は湧かなかった。
ただ、熊の磔(はりつけ)は強烈な印象で目に残っている。

北海道のアイヌには死と再生と祈りの儀式がある。
そうした縄文文化の祭祀を知ったとき、
天上界や浄土にいるかもしれぬアーメンやナンマイダブの神や仏より、
木にも土にも熊にも等しく宿る、原始の命の再生は生活に根ざしていてわかりやすかった。

わたしは、熊は見ていてあの玉座に座ったと、今でも思っている。


熊じゃなくて猪の名が付く場所、猪苗代(いなわしろ)の近くの森のお写真をおまけ。
c0002408_16191580.jpg
森から空を見る。

c0002408_16194160.jpg
渓流は、森の中を流れる。
[PR]
by NOONE-sei | 2006-06-23 16:08


<< 41夜 Mi‐3は会社員 39夜 見慣れぬもの >>