22夜 ちょろ。


父、じいじはまたの名をちょろという。
王様とわたしは密かにそう呼ぶ時があって、それはそれ以外に表わしようがない時だ。

犬を連れて一緒に散歩すると、庭から道に垂れ下がったよその家のイチジクをぱっと取って、
美味そうにほおばりながら歩いても平気だ。一緒に歩くわたしのほうがひやひやする。

わに丸がまだ小学生で、ソフトボールの地区大会があった時には、
いつのまにかどこからかやって来て、にこにことわに丸に駆け寄ったかと思えば、
試合中に、後輩と思しき審判に先輩審判が、休憩で寝そべりながら駄目だしをするのを見、
「何だその態度は。寝ながらちゃちゃをいれるな。子供達は、一生懸命やっているんだぞ!」
たたっと寄ってゆき食ってかかる。
審判は起き上がり、じいじと向き合うが、互いに手は出せないので腹で押し合うかの喧嘩。
どちらも手は腰の後ろ。大人の喧嘩は面白い。いい歳したおっさんとじいじが、本気になって。

父は、本気で怒るとその顔が紅潮せず次第に青くなりながら怒鳴る。
わたしも似た所があり、怒りを感じると青くなって声が低く小さくなる。

ここ数日の父は経過が良く、カテーテルも点滴もはずしたので優等生でいられなくなった。
退屈で退屈で歩き回っていたらしい。
母はといえば、父の所に顔を出す前に、わたしに行き先を告げる。
「△△寺のしだれ桜が今満開だから。江戸彼岸といって綺麗だから。ちょっと寄ってって。」
たしかに車は便利だし、母の言った場所は近くなのだけれど。

父と母は桜が好きだ。
退院してからでも、これから咲く桜はまだまだあるからと、猪苗代湖の近くがどうだとか、
そこには昔、軽便と呼ばれるトロッコ列車が走っていただとか、
桜にまつわる話は尽きない。仲良きことは美しき哉。

今日、どこぞの桜を観に行ったふたり。
「ついでに足をのばして三春の滝桜にも行ったけど、もう散ってたなぁ。」と父。
・・帰って来たのだ、昨日。それもバスで突然。

「退院していいと言われたから、帰ってきた。金。これから車で病院に金払ってくる。」
昨日の朝、帰って来ての第一声はこれだった。わたしはひっくり返った。
・・ちょろ。これ以外に、言いようがあるか?

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          母を連れて行った寺の桜。桜は不気味だ。凄みがある。
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           寺の庭の花とつぼみ。

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          近くの茶店の囲炉裏。
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          茶店の天井。
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by NOONE-sei | 2006-04-30 03:16 | 新々百夜話 父のお話(8)


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