99夜 死の発見


はるか太古の『ヒト』は、まだ原始の生き物だった。それを猿人という。
あるとき、それまでの種(しゅ)の幹から、外れた者が出現した。
なぜなのかはわからない。これを原人という。

二足歩行で手の自由を得たヒトは、飛躍的な進化をすることとなる。
肉食を覚えたヒトは、顎の発達で音声を自在に操るようになり、やがて、言語に到達した。
言語は、意識の交流を生むが、政治も生む。
群れは、群れを維持するための知恵を要する。それは政治の原点だった。

同じ頃、『オオカミ』という太い種の幹から、『イヌ』が枝分かれした。
同じ種の群れからこうむる負担(ストレス)は、寿命にまで影響する。
進化の過程で、イヌは同じ種の群れを捨て、ヒトに寄り添うようになった。
そうして犬は、群れを替え、政治の負担を人間に任せることで、生き延びることを選んだ。

新しい人類は、アフリカから世界中に種を伝播した。
わたしたちは、新しい人類の末裔。
新しい人類は、「死」を発見した。

わたしたちがヒトに近い種と感じている『サル』。
不運にも、けもの道を断つように通った道路で、子猿が轢かれた。
子を抱き上げる親猿。
親が、子を失ってその死を悲しんでいる。
けれど、親猿は、子を放置していなくなってしまった。

多くの動物が同様の行動をとる。
中には、触らないまま、確認せずにその場を立ち去ることもある。
動物は、本当は「死」を知らない。
動かなくなったという事実に困惑はするが、悲しみは伴わない。
犬も猫も鳥も、皆「死」を知らない。
事実が意味するものが何なのかを 人間だけが獲得してしまった。

子猿と親猿に悲しみを重ねるのは、人間が人間たる証。
感情を重ね合わせ、擬人化せずにはおれない。
子を亡くして悲しかろうと感じるのは、人間が「死」を知っているから。

動物は、「生」を生きている。懸命に、そして過酷に。
「死」を発見してしまった人間は、「生」のためだけに生きることはできない。
もう後へ戻れない。これを業と呼ぶか?
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by NOONE-sei | 2006-01-30 00:07


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