85夜 雪めんぼ


 「今日のシワ コ は雪めんぼになって、、、」

また王様に指摘される。
わたしが話す方言はいろいろ聞いているが、これは初めてだという。
記憶の底から掘り起こしたか、と笑われた。
わに丸にまで、聞いたことがあるかと問うて。

言った当人のわたしは、ちょっと気を悪くする。
小匙半分はいじわるだもの。
掘り起こす記憶には、言葉の金脈があるのだ、参ったか、そう言ってやればよかった。
いつも後になってから、
ああも言ってやればよかった、こうも言ってやればよかったと思う。

王様はわたしをネタにして笑うけれど、
わたしは、漢字を当てはめるとどんな字だ、と聞かれて困った。
方言の多くは、京で使った言葉が流れ着き、都では廃(すた)れてしまったのに、
なお、古(いにしえ)言葉として風化しなかった残像。
辿れば古典の世界にゆける。

雪めんぼの語源は何だったのだろう。
ワードの文字変換では、わちゃくちゃでお馬鹿な変換になるから面白い。
もとより機能に方言変換などないのだから、笑って楽しむしかないのだが。

今日の大雪で、我が家の「カドマツ」が雪の重さに撓(しな)った。
トンテンカンテンと金槌の音がする。・・父だ。

春に背の高いネジバナに(わたしはネジリバナと呼ぶのだけれど)、
撓って折れてしまわぬよう添える棒を 「手」という。
花や植木に手をくれる、と言うのだが、
門かぶりの松は(わたしは「カドマツ」と名を付けたのだけれど)、
背が高いし幹も太いので、手どころではない、「足」という支えが必要になる。

門の上に長く一本だけ腕を伸ばしたようなおかしな「カドマツ」に、
父は下から支える足をこしらえていた。吹雪の中で。
その間、わたしはカドマツに積もった雪を下から棒で払い落とすのを手伝った。
足元では雪まみれになって犬が遊ぶ。

 「こんな日に喜んでいるのは、おまえだけだぞ、シワ コ 。雪めんぼだ。」
父も犬に言う、雪めんぼ。

わたしの語源は父だった。
けれど京の都の語源は知らない。
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by NOONE-sei | 2005-12-19 20:30 | 新百夜話 父のお話(4)


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