79夜 ふたみのわかれ


79夜は、それとわからぬように泣く夜のお話。

別れのことばは数々あるが、『泣き別れ』とは博打で使う言葉だとずっと思っていた。
いや、今でもそう思っていて、場が成立しなくて流すときや、
上がりを待っていても上がれなかったときに使うものなんじゃないだろうか。

学生の頃、バイト先の先輩のアパートに泊めてもらった晩、
「セイ、ちょっと付き合って。」
すぐ近所の、先輩の知人の家に連れてゆかれた。
初めて会ったのに、その家(や)の主も奥方も、わたしを直(じか)の舎弟のように扱う。
舎弟じゃ変か、それなら妹分?
ああした物言いを 江戸弁でがらっぱちというのだろうか。
抑揚がありすぎて、ことばがよく聞き取れない。叱られているようにも聞こえる。
先輩は奥方を「ねえさん」と呼び、普段の彼女にはないような、
粗(あら)い話し振りをした。

そのうち、三人は、座布団を裏がえして花札を始めてしまった。
わたしは札が読めないので、ただ見ていた。
茶碗に酒を貰ったので、それをなめながらなんだかよくわからない場にも
いつのまにか馴染んで、聞くともなしに飛び交う博打の専門用語を聞いていた。
そのときに『泣き別れ』があったように思うのだが。

先輩は会社では有能な女性で、しかも、なにしろ胸が大きい肉感的なひとだった。
いつもシックなスーツ姿で、わたしは彼女の膝丈のタイトスカートの後ろ姿を
同性ながら惚れ惚れ、色っぽいと思った。
彼女の胸で眠ってみたいとか、泣いてみたいとか、
そんな風に思う男性はたくさんいただろうと思う。
そしておそらく、彼女が立て膝で花札をする様は想像もつかないだろう。

その頃、彼女は苦しい恋をしていた。
結ばれない恋のようだった。
相手の男性は、先輩の知人夫婦がよく知る人だったということを後で知った。
わたしはこどもだったので、彼女が何故、その知人夫婦に
冷たく粗い言葉で接するのか、わからなかった。
ひやひやするような言葉を使いながら、それでも何故彼女がその家に行くのか、
迎える夫婦も何故拒まないのか、わからなかった。

いつかはふたみに分かれると知っていながら、踏み切れない別れ。
やりきれなくての八つ当たり。
する方もされる方も、十分承知の花札だったんだろう。
『泣き別れ』が、本当に博打の言葉だったのか、そうではなかったのか、
今となってはわからない。





本句取り

蛤の ふたみにわかれ 行く秋ぞ

はまぐりの 蓋と身が分かれるように、双身は別れる。
そのようなつらい別れをして二見が浦へと旅立つ秋。
芭蕉が「奥の細道」の最後に詠んだという句。
現代語訳は、わたしの都合の良い意訳なので正確ではない。
正確でなくともよいと思っている。

・・もともとはひとつであったものを切り裂くような。
この、裂(さ)くような割(さ)くようなイメージが、痛い。
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by NOONE-sei | 2005-12-02 13:24


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