77夜 なないろ哉


今日、虹を見た。

光の仕組みを科学的に知っていても、反対に、なんにも知らなくても、
虹は不思議な架け橋だ。

良い天気だったので、昼から山のふもとの公園に行った。
山の近くは、雨とも言えないくらいの雨が、さぁっと吹きかかる。
すると虹が架かるのだ。
雨は、狐の嫁入りとも言えないくらいの、僅(わず)かの時間。
そういう長さのことを、束の間って言うんだろうか?
その、束の間の雨の虹は、ほんとうによく架かる。

家を出るときに郵便受けに葉書が入っていた。
年始の挨拶を控えるという旨の喪中葉書。もうそんな時節。
亡くなったひとの名は、セイさん。九十四歳のおばあちゃま。
そうか、セイ、、って、むかしびとのような名だったんだ、、。
 先日、ずっと読んでいた漫画の登場人物が死んで、それが最終話だった。
「YASHA -夜叉-」という、メディカル・サイエンス・ハードボイルドの主人公。
・・こんな作品分類があるわけはないのだろうが、物語の印象から勝手な分類を。
名を静(セイ)という。彼は男で、戦い続けて死ぬのだけれど、
セイって、男でも女でもどちらに付けても不思議でない名だと気づいた。

不吉な話をしたいわけじゃない。
朝の電話が、気持ちに残ったのだった。
相手は聡明な年上の女性で、謙遜して、「歳をとると、、、。貴女はまだ若いから、、、。」
そんな表現を端々に入れて物柔らかな会話にする。
控えめな日常会話の知恵なのだろうと思うし、それは分かっていたつもりだった。
けれど、ずっと心に引っかかっていたことを 今朝、言葉にした。・・やっと言えた、に近い。

いつの頃からだろう。
ああいう表現をされると、気持ちが沈むようになったのは。
わたしの、死の最初の記憶をかすめてしまうのだ。
わたしの記憶は五歳から始まり、それは母方本家の祖母の葬式だ。
古い地域の葬式には、不可思議な儀式がたくさん執り行なわれる。
長い数珠状の紐を円座になって皆で回す、ざらんぽんと呼ぶものもそのひとつ。
墓場には行列で歩き、そして土葬だった。

「死を恐れない人はいないのだから、トラウマを気にしないで。」
そう言われて気が付いた。
わたしが恐れていたのは自分のことじゃない。
別れが恐いのだ。置いていかれたくないのだ。
だから感情が揺れないようにすることに力を注ぐ。

そして、同時にもうひとつ思い出した。
わに丸を得た時、わたしは温かい気持ちになり、この子には、これからだけがあるのだと思った。
それは生まれて初めて、自分より長く生きる者に逢ったということでもあったんだろう。
別れるばかりじゃなくて、もう、最後のひとりになるのじゃなくて。

今日の虹は、きっとあの世とこの世を渡したんだろう、きっと。

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これは野葡萄という実?なないろに色づいてゆく。
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by NOONE-sei | 2005-11-25 01:07


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