56夜 歓びの種、そして福音


わたしは音楽に疎いのだが、いつも何かしらの音楽をかたわらに置く。
季節の変わり目になるとシングルCDを好きなように組み合わせて「ヒットヒット歌謡曲」を作る。
以下は、なかでも好きな「JOY」(YUKI)の詞を聞き思い浮かぶこと。

『いつだって世界はわたしを楽しくさせて
 いつか動かなくなる時まで遊んでね』
・・動かなくなるのは世界?それとも『わたし』?

『確かな君に会いたい 百年先も傍にいたい』
もしもこんなことを言われたら、その愛の強烈さに気絶する。

『約束だって守りたい』と言った口から次にはもう、
『約束だって破りたい』と言い、

『誰かを愛すことなんて 本当はとても簡単だ』と言った口から次にはもう、
『誰かを愛すことなんて 時々とても困難だ』と言う矛盾がいい。

詞も曲も気に入って春から聴いていたら、YUKIが幼い長男を突然死で失ったことを知り、驚愕した。
しばらく仕事から遠ざかっていたと聞いたが、最近新しい曲を聴いた。
「歓びの種」という。
不覚にも、こみあげるものに抗えないことってある。

               * * *

  『 与えられたのなら 受けとめよう

    しかられてみよう 愛されてみよう  心の底から信じてみよう

    少し照れて笑う君が見えるよ  陽は昇り沈む 燃えて茜色

    命の音色に耳を澄まして 実らせてみよう この歓びの種を   』


命の音色はバイオリンが奏で、数種類の弦楽器が聴く者を高みにいざなう。
ベビードールのドレス、コケティッシュで歯並びの良くない女の子、という
目に楽しい印象だったYUKIが、耳に慈しみを 胸に福音をもたらす歌を作った。

その子は命あるとき泣いただろう、笑っただろう、見つめただろう、
思い出は色褪せずなお鮮やかになるのに、その子だけがいない。
失った絶望の果ての安寧は訪れただろうか、幾夜幾たび祈っただろうか。
いつしかその子の成長のときどきが現われて、いや、はじめからずっと
かたわらにいたことを知り、そして逢えたのだろうか。
その子は、はっきりと『少し照れて笑う君』の姿となって。

不覚にも、こみあげるものに抗えないことってある。
わに丸が心臓の手術をするために入院した小児病棟には、重い子がたくさんいた。
たとえば生後すぐからずっと酸素テントの中で成長し、ベッドにおもちゃを散らかしてあたり前に遊ぶ赤ちゃん。
透明ビニールで覆われていること以外、どこもよその赤ちゃんと変わらない。
たとえば自分の骨髄を保存しておき、体に戻すのだが、思わしくなく、無菌室にいる子。
皆、母親は病院に寝泊りして付き添い続ける。

わたしは隠れて泣いているときに、無菌室の子のお母さんになぐさめてもらったことがある。
手術がうまくいってわに丸は退院したけれど、
ずいぶん経ってから、風の便りでその子が亡くなったことを聞いた。一人っ子だった。

何年か過ぎて、その子のお母さんにばったり会った。
懐かしいけれど、重い記憶を呼び覚ます顔を見ているのは嫌だろう。
二言三言(ふたことみこと)言葉を交わし、すぐに立ち去ろうとしたら、
「子供、今、幼稚園なので、これから迎えに、、、それじゃ、、。」
あれから、子供ができたんだ、、、そう思うと同時に
わたしよりずっと年上だったそのひとが、欲しくて子供を作ったと直感した。
病院でつきっきりの看護をする、そのひとの姿が蘇った。

涙が止まらなかった。抗えずずっと涙が溢れ続けた。
今でもわたしは、その時の涙の意味がわからないのに、思い出すと泣けてくる。
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by NOONE-sei | 2005-10-08 00:54


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