94夜 わたしの作庭帖


書きたいことがいっぱいあるよ、どうしませう。


今夜のおはなしは庭にまつわるあれこれ。

庭というのは、自然界のあれこれの再現なのだろう。
盆に間に合うようにと松の剪定に来てくれた庭師が、父の残した庭を見て、
「これは吾妻山の石を使った景色だね、このあたりの造園屋に頼んだの?」と言う。
わたしは何十年も前のことを知らない。
しかも、山野草にも、ましてや松だの石だのには全く興味が持てなかった。
王様なぞ、「手も金もべらぼうな松は三本とも切ってしまえ、庭は潰してしまえ、
じいちゃん大好きだけど、この道楽だけは負の遺産だ」などど言ってのける。
昨今はひとり一台の車を持つのが当たり前なので、
車のために庭をガレージに作り変えることはめずらしくない。
今では作り込んだ造形の日本庭園は人気がなく、自然形に近い雑木の庭が和洋を兼ねていて人気だ。

母が音を立てるように認知力を失っていった五月から七月、わたしは松の手入れをしていた。
庭にいると家の様子がわかるし、脚立に上っていると気持ちがよかった。
脚立が山野草を踏まないよう気をつけたり苔を傷つけないようしているうちに、
やがて庭の隅々に目が行くようになった。
雨が降ると大きな木の下で雨宿り、犬も猫も雷が鳴るとわたしの陰に隠れるが、
寄らば大樹の陰になれない小さいわたしよりも、松は四十年もどっしり立っている。
その庭の松三本のうち、門かぶりだった松と一番華奢な松を残して、
もうわたしでは手入れできないほど育って電柱の邪魔をしている松を切ることに決めた。
庭師の仕事はさすがに速く、伐採も門の松の剪定も一日で終わった。
わたしが最後まで仕上げた華奢な松は、結構いい出来だと褒めてもらった。

今年の二月は、早いもので父の七回忌だった。
それが済んだら、庭の池を空池(からいけ)にさせてもらおうと思っていた。
鯉とドジョウの棲む池に土を入れ、苔と岩ヒバを植えてまた違う風情の池に作り直す。
もう父もうなずいてくれると思った。
二月は春のような暖かく晴れた日と大雪の日が交互にやってくる。
その狭間に、父の七回忌を家族だけで行なった。
雪が降り始めた日の朝、長靴を履きスコップを持って父の墓の雪を払い、
花だけは春の、桃のつぼみとチューリップを供えてから寺に出かけ、
あぁもうあれから丸六年なんだね、と和やかに読経してもらい、塔婆を墓に立てて帰った。
母を気遣いながら外で食事をするよりも、家に仕出しを届けてもらってゆったりしよう、
庭のことなどのんびり話しながら酒を飲んで過ごそう、そんなふうに静かに法事をした。

今になって思うのは、父がわたしに手を合わせて頼んだ母の行く末。
その母は強運の持ち主で、さすがに西太后だということ。
先日、ついに徘徊して母が心の中の郷里に向かって歩いた時、
さほど遠くない場所でおかしいと気づいて警察に通報してくれた人がちゃんといた。
本庁まで迎えに行くと、がっしりと頼もしい若者の警察官をはべらせて母は嬉しそうだった。
現在の郷里と母の心の中の郷里はすでに乖離しているので、実際に連れて行っても意味はない。
そのように、容れ物としての身体に余病がなくても脳が機能しなくなってゆくことがある。
反対に父の場合は脳の意識が最期まであり、容れ物が保たなくなっていった。
認知症は母本人のためのもの。死を怖がらなくしてくれる神の配剤。
癌はわたしたち周囲のためのもの。死というものを知る機会をわたしたちに与えた神の配剤。
母では心が弱すぎて、癌と闘えない。

「セイはもともとのイメージからして野の作業のおばちゃんだよね。」そう言葉に出したら、
自分の言ったことに笑いの拍車がかかり止まらなくなった不届きな男ともだちがいる。
不届きではあるが、そう外れてもいない。なぜならよく日に焼けて麦わら帽子を被って立つ姿は、
悔しいが男ともだちの言う姿ではある。
わたしは今、空池作りに精を出しているのだ。
とはいうものの自然界は怖い。安達太良山も吾妻山も怖い山だ。
安達太良では火山のガスの流れる場所があるし、吾妻では震災以降水蒸気の噴煙が立ち上っている。
その怖い自然界の山を模した庭に手を入れるにはそれなりの鎮めをしなければならない。
切る前には松に酒と塩を 水を枯らす前には池に酒と塩を。

お神酒(おみき)というくらい神に酒はつきもの。
なにやら神を数える単位は「柱」というのだとか。
松は木だから一本二本だと思うのだが、酒を撒くとは特別だからもしかして一柱二柱か?
夕方、池の石組みと土入れをしていたら王様が帰ってきてこんなことを言う。
「ご精が出ますなあ。松の次に土と石では、行き着くところまで行っちゃったね、ははは。」
人間は年を経るに従って花から緑へ、そして土から石へと志向が動いてゆくというけれど、
これはずいぶんな言いようだ。王様め。

ところで、仏はどう数えるのだろうか。 
仏像は一体二体。仏の姿は生々しいもの、だからきっと、おひとりおふたりにちがいない。



□法事の仕出し
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法事だからといっても、精進にこだわらずに賑やかに。

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てんぷら


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きぬかつぎをきのこに見立てた包丁技、日本料理は面白い。


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鰐号が用意したワイン。




□庭の変遷

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六月、暑い日の庭。


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八月、これから松の清め。


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松、伐採中。


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松、剪定中、その手際の良さと腰の道具袋。


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松、完成。わが家の男たちはこれから池の掃除。



□池の変遷

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存在感がありすぎる池。


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自家繁殖していた鯉と、鰐号が小学生の時に釣った、まるでウナギのように大きくなったドジョウを捕まえて川に放流した。
ドジョウの寿命ってどれくらいあるんだ?







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犬と松。かじってはうっとりなペロ コ 。


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夏の日の犬。これはペロ コ のために用意したサマーベッドではありません。


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夏の日の猫。ぐったりに見えるが、猫は犬よりも暑さに強い。







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by noone-sei | 2014-10-01 23:24


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