40夜 蜜月


最近、父が夜中に吐いてよく眠れないという。
毎日顔を見にゆきたいが、雪道のゆるみ具合と相談しながら行くしかない。
今日は気温が上がらず、病院には結局行けなかった。

 わたしは母をひそかに西太后と呼んで、母娘の情愛が時に寄り添えないことへの
穴埋めをしているのだが、最近の母は、父の入院当初に比べて情緒に落ち着きがでて
きたように思う。父がわずかずつ快方に向かっているので、毎日、会うか声が聞きたく
なってきたようなのだ。
 病室は大部屋になったので、そう幾人もで長居するわけにはいかない。
わたしは母を病院に送り、また迎えにゆくという日々だ。

 父と母は恋愛結婚だ。当時はお見合いが普通で、仲人を介さないで結婚するのは、
非常にめずらしいことだった。しかも、金のワラジを履いてでも探すのがひとつ年上の
女房だそうだが、母はそれより、もうひとつ上だった。

 父が大工の弟子入り修行を終え、浜で一丁前の仕事ができるようになった頃、
親方に人の手配を頼む報がはいった。山あいの温泉街が火災で、旅館が何軒も
燃えたので、職人の手を方々から集めている。父にも行ってほしいという話だった。
 親方は腕が良かった。関西の数寄屋造りが得意で、弟子たちも料亭や割烹のような、
細かい細工の建具がよく似合う建物を建てるのを好んだ。

 父は温泉街に数ヶ月滞在し、遠くから集まったたくさんの職人たちと、毎日旅館を
建てた。ちいさな温泉街だったから、町は総出で職人に炊き出しをした。
その手伝いのひとりが母だった。

母は面食いだ。ちょっと遊び人風の父に一目惚れだった。
ふたりは所帯を持つ約束をした。
 温泉街に旅館が再び建ち並んだころ、父は浜に帰ることになる。
親兄弟や親方に話してからちゃんと迎えに来るという父に、母は、
浜に帰ったきり戻って来ないような気がしてならなかった。
それに加えて母は、住み慣れた町を離れたくない。
嫁にはなりたい、でも嫁に行くのは嫌だった。

所帯を持ってから帰れと引き留めたのは母。
ここいらは梁の太い民家造りばっかりで、数奇屋造りをちっともわかっちゃいない、
と文句を言いながら、結局いまだに住み着いて、数奇屋造りの自宅を建てた
のは父。

本日のBGMは、「Lovin' You」
歌は、ミニー・リパートンでもジャネット・ケイでもなく、シャニースで、どーぞ。
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by NOONE-sei | 2005-01-05 23:57 | 百夜話 父のお話(19)


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