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86夜 白いものふたつ


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「紺屋の白袴(こうやのしろばかま)」という言葉の意味を知らなかった。
女ともだちが「因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)」というメールをくれたので、
おなじく白いものが含まれる言葉だからと調べてみた。
紺屋が自分の袴は染めないで、白袴をはいている意。
他人のためにばかり忙しく、自分のことを後回しにしているさま。

彼女には昔から世話になってばかり。
猫の手ほどの手伝いだけれど、と言いながら、わたしが困った時にはいつも助けてもらった。
聡明なひとだから、自分のことを後回しにしたとは思えないけれども、
幾度助けてもらったか数えられない。

今夜のおはなしは、数はあるけれども「数のない夜」。

鰐号はまだちいさなわに丸だった頃、心臓が悪くて大学病院のこども病棟に入院していた。
彼女は町から遠いその病院にたびたび見舞ってくれた。
なぜかというと、わたしに食べるものを届けるため。
わたしのように食い意地が張っている者でも、食欲はなくなる。
なにか食べたいものはあるかとたずねられ、わたしはそうめんが食べたいだの、
目玉焼きが食べたいだの、入院の付き添いでは食べられないようなものを言った。
・・今思えばやっぱり食い意地は張っていたのだな。

父の看病で病院通いが続いていた頃、彼女は犬など飼ったこともないのに、
留守中に雪の中をたびたびシワ コ の散歩をしてくれた。
シワ コ はほんとうに生意気で、犬に慣れていない彼女に近所を案内してやると言わんばかりの
子分ができたかのような傲慢な散歩で彼女を引き回した。
やがて父が自宅ホスピスになると、彼女はたびたび買い物をしてきてくれた。
ハンバーガー十個だの、菓子パン十個だのと言うわたしに、
もしや台所に立てていないのではと、料理を届けてくれるようになった。
そして父が亡くなると、弔いごとの忙しさでまだ台所に立てないわたしに、
やっぱり食べるものを届けてくれた。
・・食い物の恨みは恐ろしいというが、一宿一飯の恩義ならぬ多飯の恩義はそれを凌駕する。

その彼女の子猫が事故で急死した。
冒険心の強い猫は、家の中で飼っていても外界へ興味津々だ。
わが家に居ついた子猫もそうして事故に合ったし、もう一匹は雪の朝に出て行ったきりだ。
姿がないといつまでも別れが言えない。
彼女から知らせを聞いて、姿があってよかったとは思ったけれども、
彼女の悲しみにはどんな言葉をかけてよいかわからなかった。
悲しみは、涙の量に比例しない。
悲しみかたも悼みかたもそれぞれのものがあり、思い浮かぶことのあれこれを
これじゃないあれじゃないと消去していったら、なにもしてあげられないことに慌てた。

会えなかったらそれはそれ、と、わたしは彼女がしてくれたことに倣って
おにぎりを持って玄関先に置くつもりで訪問することにした。
折よく会えたからもう帰ろうと思ったら、家に上げてくれたので、
馬鹿な、しかも動物にまつわる痛いのに笑ってしまう話をぺらぺら喋った。

悪いともだちのわたしは、今日、「どう?泣いてる?」と、痛さを擦り込むようなメールをした。
「因幡の白兎」という返事が来たのは、そんなわけ。
悲しみは、涙の量に比例しない。
・・しないけれども、やっぱり今は泣いたほうがいいんだ。



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たとえばこんなものをめくって、


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たとえばこんなふうにお茶でも飲んでいてくれたらよいけれど。
by noone-sei | 2014-01-24 01:04 | 数のない夜(23)


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