79夜 亡者のために


本屋で小説の背表紙をざっとながめていたら、「七緒のために」(島尾 理生)という題名を見て
それが「亡者のために」と読めてしまった。
意図した嘘読みは、ちいさなころからのわたしの密かな愉しみなんだが、
その日は眼鏡の調子が悪くて本当にそう読めた。
どんな小説かと手にとってぱらぱらめくると、それは十四歳の女の子同士の、痛々しい物語だった。
亡者のためにという嘘読みは正解ではないが、間違ってもいなかったように思う。

いつの世も変わらず、少女期は苦い。
別れが少女たちを本当に大人にするのか、信頼を回復するちからを少女たちは備えているのか、
それとも求めるものが大きすぎるのか、受け止める奥行きを持つには傷に敏感過ぎるのか、
いずれにせよ少女たちは孤独だ。

少女は寄り添う。そして残酷に遠ざけあう。
ときに、無視という武器を振るい、力関係の、閉じない輪を繰り返す。
きっかけはちいさなほつれ目なのに、長期に渡る無視がまとわりつくこともよくある。
その長期に耐えることでほつれの代償は払ったかと思うのに、いつのまにか、許す許されざる関係が出来上がる。
それまでの、いい時があったことも通い合ったものも塗り替えてしまうのに、やめられない。
それは孤独から生じた執着だろうか。

「愛を乞うひと」という日本映画がある。
もう二度とわたしは観ないだろうけれども、二度と忘れることができない母と娘の物語。
生まれ落ちて最初に結ぶひととひととの関わりがうまくいかないことが、こうも尾を引いてゆくものかと思う。
親と子のことが出発点だと言ってしまえば話は簡単、そして短絡。
けれども無下(むげ)に否定できない現実が実際にはある。
少なくともわたしが知っている少女たちやかつて少女だった者たちは、
情愛を持ったことそれ自体が呪わしいかのように愛を乞うひとたちだった。

いまになって、ひとはみな愛を乞うひとたちなのだと気づく。
ワレモコウ、吾亦紅、我も乞う、、と。
誰かと話していて、このひとも愛を乞うひとだった、と感じることはよくあること、
いちばん身近な母も鰐号も、そしてわたしも、みなそうだ。

母はあるときわたしに「大人になるから」と言った。
母たちの年代のユーモアに、衰えたり老いてゆくことを「大人になる」と言う言い方がある。
もちろん母が言った大人とは、もっと素直に接したり自分の力で物事に対処できる姿を指しているが、
わたしは心の中で、ユーモアのほうの「大人になる」でもまあいいか、そう思ったりする。
それが現実だし、かつて少女だったころをほんの少し前まで持ち続けていた母よりも、
大人になった母のほうがわたしには親しみが湧く。

ところで本屋で嘘読みをしたわたしは眼鏡を新調した。
嘘読みした亡者と盲者も、たいへんよく似ている。




今夜は秋から冬のお写真を。



□十月なかばの安達太良山
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今年は母を連れて二度行ったのだが、紅葉の時期を少し逃したみたい。


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まあまあの紅葉かな。


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このゴンドラで山を上り下りする。


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とっさのことで焦点がぼやけているのが本当に残念。
昨年は牡(オス)のカモシカが車の目の前を駆け抜けて行き、今年はゴンドラの下をカモシカの母子が歩いていた。
仔はむっちりとした、まるでツチノコ?「カモシカのような脚」というのはぜんぜん細くない。




□つい先日の吾妻山
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冠雪。うちも初雪が降った。


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夕暮れの田んぼ。




■おまけ
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安達太良を下りて入った田舎料理の店。
ほんとにいかにもこの地のごく一般的な田舎料理には、煮しめに凍み豆腐、いかにんじん、山菜の和え物、
しその葉の塩漬けのおにぎり、味噌味の芋煮、山椒味噌を塗った焼き団子。


・ご報告
78夜 大学でのこと
その後のご報告です。プレゼンは二週をかけて全グループ終了し、三週目に一位の投票が行われました。わたしのグループは有効票の半数近くを獲得し、一位になりました。
講師は来年の実現に向けて準備を進めたいとしています。







いろいろお写真
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愛を乞う犬と猫
テン コ 、どうして後ろ向きなの?


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飯を乞う犬
ペロ コ 、そんなものをくわえて歩くと歯が減るよ。


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愛を乞う仔犬
ちいさな来客はツチノコでした。 ・・嘘




     
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by noone-sei | 2013-11-30 01:10 | Comments(4)
Commented by かよ at 2013-12-02 18:09 x
~ひとはみな愛を乞うひとたち~
なるほど。
その度合い、激しく乞うかどうかの違いはあれど、
ひとはみな、そのようですね。

遠くに住んでいる母と会ったのは、
私が大人になって(年をくって)から3度で
電話で話すのは年に二度くらいなのですが
こういう状況でよかったなと思っています。
ずっと一緒にいたなら、心は離れていただろうと
度々感じるので。
子供の頃は、友達とそのお母さんが仲良さそうに
買い物なんぞをしているのを、いいなぁと思ったこともあるけれど
そういう場面は、どちらも機嫌のいい時であって
日々の生活は、夢物語ではありませんもんね。。

カモシカの脚は細くないのですね~
私のアシはカモシカのような脚です。むふふ。
Commented by at 2013-12-04 18:49 x
ご無沙汰しております~。
紅葉の写真、色鮮やかですね~。

いや~、少女期だけでなく、少年期もつらいものでしたよ~。
もちろん、ノーテンキにバカをやってるガキの方が多かったですけれどね。
原因はわかりませんが、僕はなぜか少年期より、愛というのは、
「お金では買えないし、求めれば求めるほど遠のく」と思ってました。
だから、あまり濃い人間関係を築こうとしてこなかったですねぇ。
今でもそうかな?
別の表現をすれば、人はみな、淋しい生き物ではないかと。
だから、こうやって、コミュニケートしてるんだと思います~。
Commented by NOONE-sei at 2013-12-22 00:16
かよちゃん、お誕生日おめでとうです!遅くなってすまんです!

あぁ、そうね、度合いってありますね。激しさの度合い。言われてみるとそのとおりだ。
かよちゃんの消化のしかたがえらいなと思いました。
ちゃんと言葉に置き換えられるほど、咀嚼したということだと思うんです。
わたしはまだ咀嚼が足りないかもしれません。
その時々で、置き換わる言葉が変化進行形です。
でも考えるのはやめていないよ♪

あら~、わたしもステキなカモシカの脚では負けませんわ~
特に、足首がステキなのよ~ きゃははは
Commented by NOONE-sei at 2013-12-22 00:25
桂さん、
いつもそちらには伺っているのでお久しぶりな気がしない~
でも久しぶりにようこそいらっしゃいました♪

少年期、ですね?
少女期というのは正式には無い言葉なんですが、特化したくて使ってみました。
考えてみると、少年期のほうは未知でした。
なんだかね、ステレオタイプな汗と健全と煩悩でできているように思っちゃってたかもしれない。
たいへん失礼しました。
桂さんがそんな一筋縄でゆくわけがないですよね、視点をたくさんお持ちだもの。

淋しい生き物、そのとおりです。だからこうしてできたご縁は大切にしなくては。
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