65夜 さくやこのはな 四  這えば立て


なんだかおはなしを書くのが怖くなってしまう。
ちかごろ、「そこにいて」とお題をつければ「ほんとうにそこにいて」のおはなしを書くことになったり、
現実世界におはなしが引っ張られてゆく。
今夜のおはなしもそうだ。「あたまにくる」と怪我のはなしを書いたら、
今度は「ほんとうにあたまにきた」おはなしに繋がってしまった。
だから、お題を替えよう、「這えば立て」。
我が家の犬のはなしだから、犬嫌いは読まないほうがいい。



シワ コ が倒れて十日余りになる。
朝、玄関の段差を踏み外したので、足をくじいたと思った。
そのまま夕方になっても腰が抜けて立てなかったので医者に連れて行ったら、
「もう、お気づきですよね?」と、医者はわたしに答えを促す。
顔つきから体から、犬のバランスはめちゃくちゃだった。
「いやだなぁ・・・・ 認めたくないんです。」

認めたくないと言ったって、左半身は麻痺し、険しい顔のまぶたも閉じないし出目金になっている。
脳に異常があるとしか思えないじゃないか。
でも、七年前に大学病院の医者は「脳梗塞は再発しない」と言ったはずだ。じゃあこれは何なんだ。
ぐるぐると血液がわたしの頭の中で逆流していた。
その時、犬の脳内は、耳の奥深い所で神経症状が起こっていて三半規管と平衡感覚がおかしくなっていた。
めまいと吐き気で物も食えない様子に、わたしはこのまま犬が寝付くのを覚悟した。
脳圧を下げる薬がどこまで効くかは未知数で、その晩は王様が留守、
母の世話と犬に添い寝で、長い夜はわたしも犬もぐるぐるだった。

翌朝、人の手を借りようと思った。
母の手も借り、近くの友人に生肉を届けてもらい、遠くの友人に寝付いた時の対処法を聞いた。
犬を失くしたその友人たちには大変申し訳なかったんだが、率直に、助けて欲しいと伝えた。
以前の十五まで生きた親犬と十八まで生きたその親犬の子は老衰で静かだった。
しかしシワ コ はそのどれとも違う。
動けないのに人に頼らない所は同じだけれども、気力がある。
「それはセイさんのためなんだよ。」と友人の言う言葉に、
「シワ コ はわたしの犬なんだ。」とぽろぽろ泣いた。

しかし泣いてばかりはいられない。
外は毎日大雪、雪かきをし、凍結した路面をツルハシで砕いていつでも車を出せるようにした。
晴れた日は雪が明るい。ストーヴのやかんには湯気がしゅんしゅんと立ち、犬は吐きながら肉を食った。
薬には治す力はない。原因がわからないから、現在のめまいや吐き気を抑え、脳圧を調整しながら、
犬の野生が状態に体をどこまで馴染ませられるかを待つだけだ。
わたしの犬は精神が自立していて、おかしな言い方だけれども、大人だ。
自分の回復力を精一杯に使おうと日々を過ごす。

数日後、自力で起き上がろうとした。
これはこれで危ない。よろけて転ぶと怪我をする。目が離せない。
這えば立て、立てば歩めというけれども、転ばぬ先の杖だって必要になる。
杖の代わりをしているうちに、犬は本当に立って、外の物干し竿からちょうどいい長さにして吊ったら
吊られたまま歩くようになった。
生き物には日光の明るさと口から摂る栄養だ。薬で吐き気は抑えられている。

歩いた、良かった、それじゃ済まない。
転ばずに歩けるまでに機能を持ち直せるか、薬をいつまで投与し続けるのか、まだ課題はいくつかある。
一番の課題は、シワ コ の場合、器質的にこの前庭疾患を再発する可能性を持っているということ。
「そういう器質を持っていることは不運と言えるかもしれないけれども、
生命力とリカバリー力を持っていることはシワ コ の運です。」そう医者は言った。




こんな音楽に助けられながら日々を過ごした。
ローラ・パウジーニ
リサ・ローブ



□今夜の さくやこのはな は、昨年のちょうど今頃のお写真。
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雪の原でそりすべり。


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尻を叩かれて焦るのはヒトばかり。犬は喜ぶ。


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三頭とも雪の原で遊んだ夜はしんしんと寝る。
しんしんと言ったら雪なのだろうけれど、雪で遊んだ夜はそう言いたいくらい。



□つい先日、発病する前の雪の日
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雪をほおばったあとのへんな顔


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雪の夜







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猫が見てる。看てる?視てる?


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寝てる。


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三頭で。ペロ コ はよく気づかいました。


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首を上げた。


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起きたい。(携帯)


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食いたい気持ち。


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物干し竿から吊るしてみた。




     
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by NOONE-sei | 2013-02-02 02:27 | さくやこのはな


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