60夜 ほんとうにそこにいて


夕方、本屋にいたらあちこちからビービーと携帯電話の大きな音が鳴り出した。
するとそのすぐ後にぐらぐらと床が建物が揺れ出して収まらず、
電車が走っているわけでもないのにごうごうと音がして、
どうしたらいいかもわからず立ち尽くしてしまった。
その場にいた人たちも皆そうで、おそらく皆の脳裏によぎったものも同じだっただろう。

すぐに電話は繋がらなくなった。
王様に打ったメールは、夜になって津波警報が解除されてから届いた。
本屋で呆然としている時に大切な遠くの友人からのメールが届いたのは、
「ここにいるよ」という幸運のメッセージだったんだと思う。

皆が家路を急ぎ、小さな余震の中で車の運転をするのは怖かった。
原発に異常がないかということと、ガソリンが手に入らなくなるのかということと、
食べ物が手に入らない寒い日々を迎えるのかということが、
家族の無事を確認しなくてはという思いと同時に脳裏に浮かんだ。

津波は1メートルだった浜もあり、仙台では二千人が避難した。
余震だとはわかっていても、この大きさは尋常じゃない。
環境庁の会見をニュースで見ながら、とにかく母と夕飯を食べたら、
「非常時だから早く食べてしまうべね。それにしても国の役所は
もっと安心させるようなことをテレビで言えないのかね。総理大臣がしゃべればいいんだ。」
母がしゃっきりとしているので思わず拍手をした。

いやになったり、怖くなったり、がっかりしたり。
でも、犬や猫は落ち着いており、母も落ち着いており、
今夜もちゃんとわたしをしっかりさせてくれる。



□311の前後に読んでいた漫画
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311の後、たくさんの漫画家が集って一冊の漫画を出版した。



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近未来の物語は、起こるはずがないものを書いているかのようでいて
本当に起こってしまうと刺さる。


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たまたま読んでいた「コッペリオン」は特に現実になってしまった漫画。



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これは漫画じゃなくて小説。
日本SF大賞を取った時に、今のこの現実は予想できただろうか。



「華竜の宮」 この小説は表紙絵と題で損をしている。
本日の地震についてのニュース


     
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by NOONE-sei | 2012-12-08 02:18 | 趣味の書庫話(→タグへ) | Comments(9)
Commented by ハクママ at 2012-12-08 07:13 x
人も犬も猫も家も被害がなくてよかった…。
ここ数日は余震に警戒してください。
Commented by ハクママ at 2012-12-08 07:19 x
そう、私もここにいるから。
Commented by NOONE-sei at 2012-12-08 11:47
ハクママ、
そちらも揺れたでしょう?長い揺れでしたね。
ありがとう、気をつけます。
ハクママはそこにいるのね。「ここにいるよ」は鎮めの効果絶大です。

ところでちゃんと食べてますか。
気持ちの浮き沈みは突然やってきたりすると思うけれども、
逆らわないで我慢しないで、ね。
Commented by ハクママ at 2012-12-08 13:16 x
うん、今日は誰もいないから、
思いっきり号泣したよ。
ゾーイに「ずっとここにいて見守れ」って怒鳴った。
あの子は私が怖いから、きっと約束を守ると思う。
「ここにいるよ」は魔法の言葉だね。
Commented by at 2012-12-08 13:23 x
さらなる大きな被害がなくて何よりでした。
こちらでも昨年ほどではなかったですが、揺れました。
わたしも阪神大震災を経験してからは、揺れに敏感になり、
少しの揺れでも体がびくっとなってしまいます、今でも。
だから、セイさん、さぞや怖かっただろうと思います。
でも、犬や猫が落ち着いていたら大丈夫ですよ。
人間よりも本能的に感じていると思いますから。
Commented by NOONE-sei at 2012-12-11 02:15
ハクママ、
そうかそうだったかーーー。
「怒鳴った」というのが、とてもいいなと思いました。
やるだけのことをやれた、ということと、それはまったく別のところの感情でしてね、
そこのところのお手当ては、発露することだと思うんです。

わたしはゾーイを忘れないから。
Commented by NOONE-sei at 2012-12-11 02:23
桂さん、
今でも。なんですね、そうですよね。
あれから二年ちかくなってきて、今でもがわたしだけではないだろうか、、、と
ふと思うことがあるんです。
そんなはずはないのだけれども、人の体温はさまざまだから、
人の受け取りようを思うとあれこれ考えてしまって臆病になります。
この日の地震は怖かったんだよ、ということをそのまま書いてはいけないような、
そんな躊躇もありながらの60夜でした。
なにしろ、59夜で予感?みたいなことを書いたらすぐにまた揺れたので、
そういう意味でも怖くなってしまって、、、ね~
Commented by ひす! at 2012-12-12 16:48 x
今回のはかなり大きかったようですね。
遠くはなれtこちらでは、震度2でいたが、
それでも、そちらの揺れがこちらまで届いているというその大きさに驚き!

一度ああいうことがあれば、その後なかなか元に戻れるはずがないでしょうし、そういうもんだと思います。
こういう時に言うのもおかしいとは思うけれども、
こういう、もろもろの体験そのものが「知る」ということなんでしょうね。
あちこちで得る知識は、知った気になっていれども、きっとその本質は何も知っていないんだろうなと思います。
Commented by NOONE-sei at 2012-12-25 01:58
ひすさん、
コメントありがとうです♪亀レスで申し訳ない、、、
そういうもんだと言ってもらうとほっとします。
体験、、、知るということ。
人間には想像力があるからかなりのリアリティを想像できると思うのですが、
余震が来る直前のドーンと足に来る響きはリアルで、文字通り体験がもたらす「知る」です。
知識となるとどの立ち居地にいるかという問題もあるでしょうね。
ただ、リアリティが薄まって温度差が大きくなるのは悲しいです、、、。
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