6夜 蓼か虫か


蓼食う蟲も好きずき、ひとの嗜好性もさまざま。

先日、犬を散歩させていたら、草野球のグランドで使うトンボのような道具を使い、
水を入れた田で丁寧に泥を均(なら)すのを見かけた。
さぞ良い米が実るだろうと感心してながめていたら、田の畦で長々と昼寝をする蛇も見た。
これは見たくなかった。
田んぼの水際の畦には蛙の卵、天気のいい日には、そろそろ蛙の声も聞こえ始めている。
餌はあるし、水を入れられて田んぼの土中から這い出してきた蛇が畦にいるのは当然のこと。

蛇は泳ぐとか。
田に張った水の上を一直線に進むのだとか。しゅるりと音が聴こえてきそうで、
目だけでなく耳も塞ぎたい。
早く田植えが終わってしまえばいい、と思う。泳ぐ姿が苗に隠れてしまえば、見ずに済む。
世に蛇好きの人種がいることは信じ難い。

さて、世には、蛇は好き、蟲は嫌いという人種もいる。
わたしは逆で虫は平気だ。蟲という文字は嫌だが、毛のない虫のいくつかには触ることもできる。
それは、きっとその温度のない乾きかたなのだろうと思う。
両生類や爬虫類には、冷たいにせよ温度というものが感じられて、有機的で気味悪い。

ちいさいときに住んでいたのは山の中だったから、オニヤンマは家にまで入って来、
ふつうのトンボをわたしはその餌にと与えた。オニヤンマの口はメカニックに開いて餌を喰う。
思えば残忍なことだったがいたずらとはちがう。自然の摂理はそうしたものだ。

こんなこともあった。
わに丸のところへ遊びに来てテレビゲームばかりやる子供達を 無理やり連れ出して、
望んでもいないのにバッタとイナゴの違いを教えて捕らせ、ひとりは泣き泣き捕ったのは楽しかった。
 また、発掘現場でバイトをしていた頃、プレハブに入ってきたカマキリ二匹を闘わせたら、
考古学調査の先生が、叫びながら吹っ飛ぶように出て行ってしまったのも楽しかった。
こんなじゃ、メスがオスを喰うのをみたら、倒れるんじゃないだろうか。 

乾いてはいないが、アゲハの幼虫もいい。
アゲハはわに丸の理科の観察に付き合って、山椒の葉裏の卵から羽化するまでを見、
一羽だけは、最後に標本にした。
十匹ほどの幼虫を飼うのは楽しかった。朝、数えて足りないと、脱走したその一匹を探すのが楽しく、
成長して体を細い細い糸で、枝から斜めに支えて羽化を待つ姿は植物のようだった。

蚕もいい。
ちいさい頃に見た蚕様は美しかった。
白いユーモラスな姿を手にとって、手の甲に這わせた。
夜も日もなく桑の葉を食べ続け、はたと音がやんでまどろみ始めると体は透けてくる。
糸を吐いて体が繭の中におさまると茹でられ絹糸がとられる運命だが、
この虫は豊かさをもたらす虫だから、敬称が付く。蚕様。

蛇嫌い蟲嫌いの人種はなんだろう、文明人?

・・ところで、こんな人種もいる。
学生の頃、美しい女ともだちと学食で蕎麦を食った。彼女は月見蕎麦。
黄身をつぶさず蕎麦を食い、最後に汁といっしょに黄身をこくんと飲んだのを見たときには、
わたしはかすかに、すうっと寒くなった。
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by NOONE-sei | 2005-05-14 16:22


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