38夜 一陽来復


昨年は変な年だった。
そんな言い方ができるほど出来事は彼方には行っていないんだが、
寄る辺ない波間に浮くようなおぼつかなさに抗(あらが)って、
端正に暮らそうと努めてもいた。

もとよりこの一年は、
おかしなことばかりが続いたし続いてもいるし、
自分だけは新年を目出度いと思ってはいけないような気がしていた。
こころからの見舞いの言葉と明くる年の言祝(ことほ)ぎを
いたわりながら述べたい気持ちは同時に在(あ)って、
けれども「誰に何に」相応しい言葉を献ずればよいかわからなかった。

そんな暮れに母の姉が他界して、大晦日が葬儀だった。
遅い秋の頃、母を案じた母の弟が関東から来てくれたので、
母の姉妹弟の四人のためにわが家で姉弟会を開いた。
その無理がたたったとは思いたくないが、その後の健康が芳しくなくなったことは、
訃報を聞いて初めて知った。

一陽来復。
陰が極まれば陽に転ずるという意味。
ほんとうは明日から日が伸びる冬至を指すのだけれど、
わたしは頭を四角三角にして考えた末に、賀状にこの言葉を充てていた。
母は喪中となり、本当に正月は来なくなってしまった。
けれども、わたしが年の暮れに用意した言祝ぎは、
「誰にでも何にでも」、そしてわたし自身にも相応しい言葉だったのだな。




□外にある 陰
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外に陰はあっても同時に内には陽が在る。



□内にある 陽

311の後、流通が途絶えて食に困ったら、たくさんの戴き物をした。
その食材で作った美味しいものの数々、この場を借りてこころより礼を述べたい。
「誰の何が」どう調理されたかは、わたしだけが知っている。ふふ


■豊かな食卓
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■甘いもの
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by NOONE-sei | 2012-01-01 02:46


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