8夜 ほんとうのおはなし


 ・おはなしの体裁をとっておらず、長く、明るくもないので引き寄せられる人は読まないほうがいい


「王様の千と線」は、おはなしを書くところだ。
でももうおはなしが書けないので、今夜はほんとうのことを書く。

大きすぎてすでに余震とは呼びたくないような地震の連続で、
船酔いが続き、毎日夕暮れになると頭が痛くなるのは数週間続いている。
怖いんだ。

大丈夫?と聞かれても、「大丈夫」と答えたくない。
大丈夫だと言い続けていた王様が、電車が東京まで回復していないので
先日夜行バスで上京して都内の電車に乗ったら揺れがものすごく怖かったと言った。
頭と体の大丈夫への認識はちがう。体は怖さを本能に刻んでいた。
そうしてこの地に再びバスで戻ったら、三十分後に大きな余震があった。
王様に東京に行かれて初めて、行って欲しくなかったんだと自分の気持ちに気づいた。
津波で家を失わなかったから、家族を失わなかったから、
地震で家が壊れなかったから、だからまだうちは大丈夫、なんて、もう言うのはやめだ。

311から一ヶ月が経ち、黙祷したその夕暮れに大余震があった。
わたしは母を連れて本家に行っており、311と同じシーンを繰り返した。
すぐに電話は通じなくなり、孤立感もおんなじ、ただ、テレビだけは消えなかった。

その夜、計画避難の発表を聴いた。
ときどき行ってひとりランチをしていた店はこの地でいちばんの美味い店で、
その店の食材は「飯舘村」のとびきりの肉や野菜だった。
村のトミちゃんがときどき店に来て、トミちゃんブランドを食わせてもくれた。
わたしはトミちゃんの、ミニトマトをひとつひとつ丁寧に湯むきして
オリーブオイルとビネガーとスパイスに漬け込んだマリネの瓶詰めがお気に入りだった。
小正月のだんごさしには、雪の中、村から美味い餅を持って振る舞いに来てくれ、
311がなかったら、彼岸には彼岸まつりでまた
あの美味い餅を寄ばれる(馳走になる)はずだったんだ。
あのトミちゃんはじめその工房の人々が遠くに行かなくちゃならない。
「飯舘村」の人々の、顔の見えるような肉や野菜が、
そしてそれらを生み出す技術や意識が福の島から失われる。

飯舘村は、町村合併の波に逆らって、自立と自律の道を選択したという、
農業も酪農も独自のブランドで誇り高く、丁寧で信用のおけるしかも安価をめざす
意識の高い村で、大学からも教えを請(こ)いに教員も学生も行くような村だった。
だった、という過去形で書かねばならないのが、身がよじれるほど口惜しい。
この地の風評被害を越えてゆけるような道をきっと大学と協同で模索してくれると
わたしは期待していたのだから。

この地の方言で「までぃ」という言葉がある。
例えばあんこを煮る時に、「焦げ付かせないように、までぃにかきまぜて」というふうに、
丁寧に、、という温かい言葉である。
その「までい」を掲げた村はあとひと月でどこかに行かなくちゃならない。

一週間くらいだから、と牛や馬や犬猫を繋いで山盛りの水と餌を置いて、
とるものもとりあえずバスに乗せられた人々がずっとわたしの周囲で避難生活をしている。
一緒に風呂に入りながら、置いてきた動物の話を聴く。
その人たちも学校が始まったからコミュニティをばらけさせられて各地の次の避難所に移っている。
多くを収容するためには旅館がほとんどで、犬猫を連れて来れた人たちも
ペット同伴禁止の旅館に機械的に割り当てられている。

わたしが生まれ育った山あいの温泉町も避難者でいっぱいだ。
三ヶ月は満館、そのあとは予約がまったくない。
地震で損壊した旅館は数軒すでに廃業を決めた。それに伴い、
繁華街のみやげ物屋も十軒近く廃業する。もう、温泉町として成り立たない。

いつまでこんな日々が続くんだろうと思ったら、原発の収束には十年単位だと知った。
ならば、一時的な避難じゃなくて、こんな待機とか流浪の民のような日々じゃなくて、
ダムの底に沈む村や町のように、コミュニティごと移転すればいいと思う。
いつ終わるとも知れぬ疲弊感や、希望を無理して沸き立たせる不自然さと別れて、
ほんとうに再生するためだけにエネルギーを使わせたらどうなんだと思う。
飯舘村には、もう二度と牛や馬や豚を置いてきて餓死させるようなことをさせずに、
役場も大人も子どもも老人も妊婦も動物も、まるごと気候風土の似た田舎に引越しをさせて、
その村づくりの技術や知恵を伝承させたらいい。

犬の散歩にはマスクと帽子と手袋で出掛ける。
カラになった家々や、人が住んでいても窓を開けず洗濯物を室内に干す家々の横を歩きながら、
吾妻山に融け残った雪の形、種蒔きうさぎを見る。
だいぶ耳が短くなってきた。急がなくちゃ、種の蒔きどきを逸してしまう。
まだ本当は手をつけちゃいけないのに、田んぼは田おこしされ、田植えを待っている。
ここいらでは米をそのつど買っては食わない。
自分の家や親戚知人の分は一年分、作らなくちゃいけない。
たとえ市場に出すことはできなくても、米そのものを作らなくなったら田んぼはだめになる。

わたしの近くで避難しているのは、津波と地震と原発の人々、
または土地家屋があるのに原発で連れてこられた数え切れない人々。
県庁が避難をするならもうそのときは、福の島はおしまい。県で残るのは会津だけになると思う。
わたしは、この地を離れるなら、「福島」の出身を隠さなくてもいいところに行きたいと思う。


飯舘村について



□庭の小さな春
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カタクリが咲いた。


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二輪草が咲いた。



8夜は目出度い数だけれど、今夜の8夜は目出度くない。
だから「数のない夜」のカテゴリとする。








犬にも大きなストレスやダメージ続きなので、日中、よく遊ばせた。
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もうすぐ十三歳。


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久しぶりのへそ天。
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by noone-sei | 2011-04-14 00:10 | 数のない夜(23)


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