4夜 島のくらし


浮き足が止まらない。
赤ちゃんの水にお母さんたちが泣いている。

停電や節電に我慢している小さな子のお母さんが、
被災地を思い、ご亭主の疲れを癒す晩酌に「これって贅沢なのかも・・」と、
ちらりと罪悪感を感じる。

それはわたしも同じ。
「たまの贅沢は、素敵でしょ。」と言って友人にドリップで入れたコーヒーを勧める。
そしてちらりと罪悪感を感じる。

今日、王様が三時間並んで三千円分のガソリンを給油できた。
地震後、初めて大きなスーパーに連れて行ってもらったら、
チーズや牛乳はなかったけれども、生鮮食品が並んでおり、
買い物客は大勢いたが、買いだめする様子もなく、
普段どおりに買い物をしていたので、たいそう安心した。
まだ収まらない原発に、重い気分を持ちながら、
それでもできるだけいつもどおりへと、皆の暮らしが始まっている。
そして、やっぱりわたしはちらりと罪悪感を感じる。

九州で暮らす、昔世話になったお姉さまから電話をもらった。
「水がなくなっちゃったの。みんな関東の知人友人親戚の赤ちゃんに水を送ってるのよ。」
とてもとても罪悪感を感じる。

この地に住んでいるというだけで感じる罪悪感。
死ななかったというだけで感じる罪悪感。
被災地は辛かろうと思うだけで感じる罪悪感。
日本中が小さな罪悪感でひしゃげ始めているんだろうか。
この、共鳴音を 耳を塞いで打ち消すには皆が傷ついている。
震災直後の体力と気力が底をついてきた。
本や音楽や映画やスポーツ、日々の晩酌、そうしたものに罪悪感を感じちゃいけない。

九州のお姉さまは、東京電力と国に怒っているでしょう?とわたしに訊ねた。
もう原発がなくなればいいと思ったでしょう?とも。
答えられなかった。それはとてもむずかしいんだ。
罪悪感の出処と、それを並列に並べて迂闊に話すことはできないな、と思った。

電話の本題は、わが家に移住を勧めるものだった。
「考えてみて」と言われたのはある大きな島。
とても具体的だったけれど、それはとてもむずかしいんだ。
日々の重苦しさの出処と、それを並列には考えられないかな、と思った。

・・「島のくらし」?わたし、海では浮き足立って泳げないからやっぱり無理だと思う。




□島というと
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昨秋に撮った宮城県の景勝地、松島。松島の牡蠣養殖は、養殖棚が流されてしまったが、
この点在する島々が緩衝材になって津波の勢いをやわらげた。
今日のスーパーに、牡蠣はひとつもなく、広島からも入荷しないという。
そうなると牡蠣が食べたくて、惣菜で売っていた牡蠣フライを買った。
・・ちらりとある罪悪感、食い意地には勝てない。
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by noone-sei | 2011-03-28 00:10


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