「西太后」はわたしの母だ。 実在の人物だが、名を借りただけ。史実とは関係ない。 父の胃の細胞検査の結果がおもわしくないと、かかりつけの医者から連絡があった。 一昨年にもあやしくて連絡をもらい、再検査し事なきを得た。 昨年は大丈夫だった。 今年の連絡は、手術を視野にいれて、、、という内容だった。 電話を受けたのは母。 「一昨年はあやしいといいながら結局は何でもなかった、それなのに今年は手術と言う。 ずいぶんころころと変わるんだこと。」 ・・・これを母、西太后はあろうことか医者に言った。 「胃の調子がころころ変わる、、という意味なのに、医者は気を悪くしたような口ぶりだった。 医者も、言うことが毎度ちがうと自分でもわかってるからそう聴こえたんだろう。 だいたい、いつも言うのが急なんだから。 去年は何でもなかったんだ。これをみればわかる。」 西太后、去年の検診結果をわたしに見せる。 ・・・わかる、ってあんたは医者か。 母には医者の気を逆撫でした前科が過去にも数度ある。 「母は気が動転してしまって。」と電話ですぐに詫び、父とわたしで説明を直接聞きに行った。 昔からの医者というものは、会話も薬になるということを心得ている。 さりげないが、話す相手の人となりを即座に見抜き、知的レベルに合った会話を組み立て、 科学的データを程よく説明してくれる。 どんな医療行為も、百パーセント安全とは言い切れない。だから必ず、念のため、 という内容が提示される。昔からの医者には、不安にさせないうまさがある。 どう相手に届けるか、そこが若造と古参の差だ。 かかりつけの医者には申し訳ないのだが、 母はどうしても不安材料の提示を受け入れない。内容ではない。行為に対してなのだ。 そのあたりの「西太后」のメカニズムを熟知しているのはわたし以外にない。 わたしがなにかつらい状況にあるとき、母はかならず自分がどんなに不安で 心配かをうったえ続けてきた。それは今も変わらない。 「きっとだいじょうぶ。」そう励まされたいほどのいちばんつらいときに、 わたしは母に「心配いらない、だいじょうぶだから。」と安心させてきた。 我ながらこの年季のはいりかたは筋金入りだ。 不安材料を提示するのは母であって医者ではない。 そういうメカニズムを知らずに母と会話して、うったえにいちいち対応するうちに 渦に巻き込まれてしまった医者達は気の毒だ。 穏やかでわかりやすい説明のあと、医者は言った。 「いいとは言えない細胞だから、取ってしまわなければならないが、 こんなに小さいうちに早くみつけてほんとうに良かった。 命に関わるという心配は、要らないからね。」 わたしたちは本当に胸をなでおろした。 父は、全く母のことには触れなかった。 「ワタシのこと、なにか言ってた?」開口一番。 父は恥の上塗りはしないと決め込んでいたとか。 この母にしてこの父。 いい根性をしている。
by NOONE-sei
| 2004-11-30 22:18
| 百夜話 父のお話(19)
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