28夜 怪しげな世界


学生の頃、男友達と飲んでいたら怪しげなおじさんに声をかけられ、誘われるままに
怪しげツアーをやったことがある。

裏路地の隅にある、ちいさなビストロでおじさんに会った。
おじさんはビーツのシチューを奢ってくれ、わたしたちを次の店へ連れて行き、
薄暗いカウンターバーでワンショット。と思ったら、また次の店。
 坂道を登って、いちばん奥まったちいさなスナックへ。お店のきれいな女性が
おじさんになにやら励まされているような。「先生、、、」という言葉も聞こえる。
切れ切れに聞こえる会話から察するに、下積みの女優さんで明治座に出ているとか。
お店にカラオケはなく、その女性がギターで数曲歌ってくれた。
 といってもちっとも腰を落ち着けたわけではなく、また次の店。
これもちいさな古い甘味屋で、氷小豆を食べ、、、次は、、、よく覚えていない。
なにか話らしい話をした記憶もないが、ちゃんとタクシーで送ってもらった。
 おじさんのちょっとイカシた、大人の気まぐれにつきあって、ちょっとだけ怪しくて、
あこがれるけれども実際には扉を開けたことのない路地裏の店の探検。

当時の怪しげと言ったら、新宿二丁目やゴールデン街、池袋西口ピンサロ街、
それはもう、ときめくような場所は数々ある。
 中野のオカマ、角刈りのヒトミちゃんは、旦那さんがゲイで自分を男性として愛する
けれども、ほんとうは女性として愛されたい。真実を告白できなくて辛いという。
こうした話も怪しげで、同情しながらもときめくのを禁じえない。

 でもわたしの怪しげな世界の原風景は、父の過ごした浜だ。
父は少年時代、職人の年季奉公をしていた。
 姐さん(親方の奥方)の賄い方の手伝いから始めるのだが、
ひとによそりながら自分はひとより早く食わなきゃいけない。それで考えたのが、
兄弟子達に飯を盛るのは釜の真ん中熱いところから。ふぅふぅ言わせておいて、
自分は釜の縁の冷めたところをよそってさっさと食う。
 そんなふうに親方、姐さん、兄弟子たちに仕事を習って、夕食のかたづけを終えると、
わずかだが自分の時間を持てる。
父は、隣に住む、ヤクザにかわいがられていた。花札を習い、彫り物の入れ方を習い、
一緒に素っ裸で夜の海で泳いだ。
 当時は、生きて帰ってしまい世をすねグレた特攻隊くずれが町にはいた。
彼らの巻いている白いスカーフは目についたし痛々しかった。
戦争の傷跡と向き合うより、父にはヤクザと遊ぶほうが気が楽だった。

 小さい頃、温泉街で暮らしていたわたしの家には、風呂がなかった。
旅館の大風呂がわたしの遊び場だった。わたしは父と、客が引けたころに
いつも風呂に行った。
 あるとき、立派な倶利伽羅悶々のおじさんが、湯につかっていた。
ほかの客へ気がねして、時間をずらして風呂にはいったんだろう。
なにがあったのかは知らないが、一人で湯治に来ている風だった。
わたしはおじさんの背中を流してやった。

 父は若いころ、小さい彫り物を自分で入れた。
針の先に墨をつけて肌に挿すと、黒い墨は紫の色になる。
わたしが物心ついたときにはもう彫り物は消えていたし、花札も、
わたしの従姉妹たちは教えてもらったが、わたしには教えてくれなかった。
花札のデザインはいい。猪鹿蝶より、坊主が好きだ。

 父と仲間が、町の連中と喧嘩をし、警察にぱくられて指紋を採られたころには、
父はもう少年時代を終え、青年になっていた。
 隣のヤクザも、沖に停泊していた外国船に、日本刀を口にくわえてふんどし一丁、
たったひとりで泳いで斬りこんで、帰らぬ人になった。
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by NOONE-sei | 2004-12-23 22:42 | 百夜話 父のお話(19)


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