94夜 エイプリルフールは貴女もか


今日は呼び鈴がよく鳴った。

母、西太后が届いた荷物を持って、電話がきていて受け取れなかったわたしの窓をこつこつ叩く。
「どこから、これなに。」
電話中のわたしが気になるのだ。わたしは受話器を耳に当てたまま、窓のカギを開け、
軽く頭を下げて荷物を受け取り、唇に指を当てる。受話器の向こうに声が届いてしまわぬように。
 母はわたしが気になる。封書は開けないが差出人を見、葉書を読む。
なにか失せ物をするとわたしに知らないかと聞く。貴金属だったりすると困るけれど、
もう慣れて久しい。なにしろわが家は『熱情の館』、彼女はその女主人(あるじ)、西太后だもの。

一人暮らしにあこがれたわけではないが、わたしは母から逃れるために学生時代を東京で過ごし、
留年というおまけつきの放蕩をして地元に一旦戻り、馴染めずにまた家出をした。
 しかし今では毎日起こるドラマを不思議なユーモアで眺める術(すべ)を身に付けて、
味わいの濃い地物の野菜と季節の食材に囲まれ、田園生活をのんびり暮らしている。
テレビはほとんど見ず、ラジオがかたわらにいつもある。
 ずいぶん前から、もう東京じゃなくてもいいな、とも思っている。
東京弁は苦手。もともとは関東の人だから王様の家族は皆きついイントネーションなのに、
王様はひとりきれいな標準語を話した。このごろは磨きがかかって方言まで仕込みつつある。
近頃は聞かなくなったが王様の台詞、今でも、わたしが死んだら東京に帰るつもりだろうか。
その王様にむかしむかし母は、娘を置いて東京に帰れ、と言ったことがある。
きっと母は忘れているしそれでいい。

なにかまた、別の荷物を持って母が家の奥へ。
しばらくして知ったのだが訪問販売で買ったとか。信州の味噌樽。
いつもひっくりかえるような出来事は父が起こすのだが、このときばかりは父がひっくり返って言った。

「一万二千円もする味噌をどうするんだっ。スーパーじゃせいぜい二~三千円だっ!」
母はさささっと笑顔でいなくなった。
その宝石のような味噌樽を前に、鬼の首をとったように言う父も心なしかうれしそうな、、、。

今日はエイプリルフール、西太后を騙すとは訪問販売のおっさんも勇気がある。
[PR]
by NOONE-sei | 2005-04-01 21:08 | 百夜話 父のお話(19)


<< 95夜 とっておきの場所 93夜 うまいじゃないか。 >>