24夜 東京散歩 参


 ・メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

  
昨夏は新盆だったから、二十日盆、三十日盆(みそかぼん)が来た。
今夏はあっという間、たった三日のお盆。
迎え火もたった三日。
父はきゅうりの馬でやって来て、ナスの牛に乗って帰って行ってしまった。
行ってしまうとさみしいのだが、来る前は気が重かった。
わたしは父を思い出したくなかった。
母は、亡くなってから一度も会っていなかった父に、
盆の入りに夢で逢ったのだという。
笑顔で幾人かの人たちと談笑していたというが、言葉は交わさなかったのだとか。

盆の慣わしに追われてさえいれば、気持ちがやるべきことにとられるから、
ほんとうは手は動き脳は使わないはずなのに、
あの世からの人たちに会いに、あちこちの墓や家々を巡るのには気が滅入る。
ほおずきとは鬼灯と書くのだな。
鬼に気をすくわれないよう、ついつい顔から表情が消える。
夏の虫は飛んで火に入るのだろう?
迎え火を焚いていたら、細い薪が赤から置き火に変わるのが虫に見えてきた。
木を這う虫が骨を這う火の虫に見えたのは、火を見すぎたからなんだろう。

本家は新盆でなくとも毎年きちんと盆棚を飾る。
盆ござを掛けた棚には位牌や写真やお盆さまへの供物。
上の横棒には杉の葉、ほおずき、麩のまんじゅうを下げる。
供物はナスとささぎをみじんに切って生米を混ぜたもの、切り昆布の煮物。
本家は分家や新宅とちがって忙しい。
自分のところのご先祖さまだけでなく、本家を出た人たちの墓を巡る。
竹筒と花と線香を用意して、花を供える筒には屋号を書き記す。
参らねばならない墓がたくさんあるので、すべての家のお盆さまにまでは
手を合わせに寄ることができないから、墓に参ったしるしを残すのだ。
朝早くからの墓参りを済ませて帰るともてなしの準備。午後は本家を出た人たちが集まる。

小さい頃には、都会に出た伯父や伯母の家族が本家に集まって賑やかだった。
夜、子どもたちは浴衣を着せてもらって盆踊りに行った。
昔は面を付けて踊ったのかもしれないが、今はうちわを手にして、
それをやぐらから木々に渡した綱に点ったたくさんの提灯にかざして踊る。
そして盆踊りを終えると、土産を持って都会という生活の場に帰る人々。
踊りに紛れたご先祖さまには逢えただろうか。

ふるさととはなんだろう。
子どもたちが巣立ってひとりになった友人は、
家を引き払ってもっと手狭なマンションに住み替えようとしたら反対されたという。
自分たちは出てゆくくせに、戻るべき、または戻ろうと思えば戻れるかもしれない場所を
残しておきたいというのは傲慢というものなんだろうか。
ふるさとに帰ってこなければならなかったわたしには、
出て行った者や出てゆかなければならなかった者のことはわからない。

東京は特別な町だ。
地方から行った者は、残してきた地方とどう折り合い、
そして日頃はそれをどうかき消して過ごすのだろうか。
普段は忘れているのだろうか、忘れようと努めているのだろうか。
偲んで過ごすのはきつかろう。
遠くに行った者の家族はうまく暮らせているだろうか。
近くに面倒見のいい先住者をみつけただろうか。

先日、郊外から都内への僅かな往復に乗った電車で、おかしな人をたくさん見た。
流行りだからと初めて着たような浴衣の人、
電車の中で化粧をする、隙だらけの女の子、
上から下までエレガントで美しい身なりなのに武装感たっぷりの女性、
座席にパンを広げて食べる年のいった母娘、
鳥打帽に金のネックレスをした、シャツの襟を広げ胸元から胸毛を見せている男性、
若い頃は愛くるしい女の子だっただろうに黒一色の服装に濃い化粧の女性、
秋葉原から乗った年配の男性ふたりの、持っている手荷物と口調の不思議さ。

これらの人々は、いつから東京に住んでいるんだろう。
地方に、残してきたふるさとがあるんだろうか、それともはじめからそこに居たんだろうか。

 
                                *

今夜は東京駅や丸の内周辺のお写真を。


□丸の内周辺
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こじゃれたカフェ


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カルティエゴルチエのショーウィンドウ


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ふたりづれ


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マロニエの並木道
手入れされた花や観葉植物が植えられていたり、吊り下げられたり、景観への配慮があった。



□建物
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三菱UFJ銀行
顔にあたる近代建築を残しつつ、後方に高層ビルを建てた銀行。


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偉そうなビル
威圧感のある建築物だと思ったら、これが新丸ビルだった。



□東京駅周辺
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橋の欄干か
川が流れ、橋が架かっていたのだとか。


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改修工事中の塀
たくさんの、東京駅に関する資料が掲示されていた。
「帝都」って、なんだかすごい言葉だと思わないか?


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中央郵便局
こちらも改修工事中。大きな時計に針がない。


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現在の東京駅
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by noone-sei | 2009-08-17 02:37 | 東京散歩(5) | Comments(13)
Commented by at 2009-08-17 06:43 x
三代続かないと江戸っ子ではない♪
でもやっぱり東京ネイティヴの人って
戦後に上京した人たちと、どっか違うとおもう。
Commented at 2009-08-17 16:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by noone-sei at 2009-08-17 16:50
鍵コメントさん、
げらげらげら・・・
直しました、さっそく、下線修正で!
カルチェもゴルチェも、縁がないからねぇ~
ご指摘に感謝です!
Commented by noone-sei at 2009-08-17 16:57
坊さん、
そうか、戦後に上京かーー・・
よその地方がどうなのかはわからないけど、
東北では長男が田畑・土地家屋を引き継ぐから
次男以下は上京して働くよねぇ。
遺産分与も、今でこそ法律は長男優先ではないけど
やっぱり次男以下には今でも家督を継ぐ人優先にしてもらうようだし、
日本の家制度は崩壊するといいつつ、厳然とあるね。
上京したひとたちは、いろいろ重いものを背負っているね。
Commented by rakachibe at 2009-08-17 20:23
あれ?中央郵便局って壊しかけたんだっけ?
Commented by ハクママ at 2009-08-18 20:02 x
私は、古里のことはほとんど思い出さないなあ。
友人との結びつきはあるけれど、土地や街に対する切ない気持ちはゼロなの。
むしろ、セイさんの写真や文章に、日本の古き良き時代を感じるわ。
中途半端に近代化された地方都市だからかもしれない。
固有の文化を感じないの。
灯籠流しの幻想的な風景だけは記憶に残っているけれど……。
軽いヤツです、私。



Commented by noone-sei at 2009-08-18 21:52
ツレさん、
うん、壊しかけた。高層ビルへの建て替えじゃなくて少しは残すようだけど、
でも、明治生命館のような保存にはならないかもです。
調べるほどにいや~な気分に・・・
Commented by noone-sei at 2009-08-18 22:18
ハクママ、
「今はむかし」の今昔物語じゃないけど、東北は戦後、金の卵の集団就職とかあったからねー。
進学してそのまま東京で就職して東京在住になるのとちがう心理的側面を
今でも感じますよ。
室生犀星(東北人じゃないけど)の「ふるさとは遠きにありて」が
身近に感じられるというか。
そういうウェット感はわたし固有のものかこの地のものかはわからないけど、
いまいましいくらい、わたしを形作ったものの一部ではありますね。
でも文章や写真にするのはね、
どこか傍観してるような立ち居地にいるからだと思います。
一度外に出た者が地元に帰ってきて、因習や慣わしにびっくりしながら眺めてるような。
根付いていないヤツです、わたし。
Commented by ハクママ at 2009-08-19 08:17 x
そうか、そうか、なるほどね。
私、東京が好きなのだけれど、
たぶん、私もセイさんみたいに一歩引いたところから
東京を見ていられるからかもしれないな。
都会のパーツを利用するけど、極力巻き込まれない。
私も人生の半分以上しても都会に根付いていないです。
でも、それだから面白いのかも。

Commented by noone-sei at 2009-08-20 01:05
おぉ、 >都会のパーツ
ハクママ冴えてる!そのことば。

趣味、好奇心、嗜好を満たす所としての東京はアリ、
東京はわたしにとって、あこがれとか自己実現とか生活の場ではなくて、
遊びに行っていいとこ取りをする場所、かなぁ。
目的地で目的のものをたくさん享受したのに、帰る電車や歩く道には
体力を奪う湿度や人ごみや道路の汚さや、現実があるでしょう?
やっぱり毎日、高原の風が吹く夜が当たり前のところに暮らすと、
「暮らし」だけについてなら、田舎暮らしが性に合うようになっちゃうのかなーーー。
閉じた社会やそこから生まれる因習はときにやっかいなんだけどねぇ・・。
Commented by ひす at 2009-08-21 13:13 x
なるほどね~。
私はずっと大阪暮らしなので、本家分家、そういうのが体験としてないのでよく分からないのですが、そんなものなのですね~。
そういえば、東北に本家のある北海道に住む友人も、
本家に跡取りがいなくなったから、そこの息子を養子によこせとさんざんいわれ続けているとか。
今でもやはりそういうのはあるのですね。
(ある意味私らの中では、物語の中の出来事でしたから驚き)

そういう流れでふるさとを出て行く人たちの行き場としての都会ですか・・
なるほどな~。


そうそう、このお盆休みに伯母を車で送ったのですが、
その際ガレージを眺めて、すごく懐かしがっておりました。
やっぱ、下の居場所があるというのは、単純に嬉しいものですよね。

Commented by ひす at 2009-08-21 13:14 x
訂正~

下の居場所→もとの居場所
Commented by noone-sei at 2009-08-21 22:29
ひすさん、
本家に跡取り、、、うーん、わたしにはわかる話です。
養子をとってまでというのが、傍からは理不尽でしょうけど、
ご本家にしてみればご先祖さまからの「家」を絶えさせるわけにいかないし、
家から出た者たちのルーツ、「よりしろ」を失わせることだし、
家を継いだ者の責任として養子を迎えてまでも存続をと考えちゃうのね。
損得で言ってるんじゃないんですけど、なかなか理解しずらいだろうなぁ。
物語じゃないんですよねー、長男と次男以下の立場のちがいって
ものすごく差があるんですよー。

伯母さまの喜びも理解できるなぁ。
自分のルーツが残っていることを知ったときのお気持ちなんでしょうね。
でも、出て行った者は、そこがもう自分のものじゃないことも知っておられるのだろうなぁ。
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