86夜 蛇も目覚める頃


今日は春分の日。
もしかしたら、蛇も目を覚ましているかもしれない。

こわいこわいと東京案内を書いたら、蛇を飼っている漢方薬屋の話を聞いた。
これもありそうで怖い。
小さい頃、父がきのこ狩りに行くと、きのこに蝮(まむし)も付いてくるのが怖かった。

春なのに秋のおはなし。

父はきのこ狩りに行く時には手拭いを一本、首に下げてゆく。
汗拭きにはもちろんだし、怪我したときにももちろんなのだが、蝮に出くわした時に、
生け捕りにするために必要なのだ。
 蝮は香りの良いきのこを好む。
食するわけではなく、芳香を放つきのこの根元にうっとりととぐろを巻いている。うたたねするように。
ほかの蛇なら臆病だからすっといなくなるのだが、蝮は毒を持っているからかかってくる。
高く人めがけて一直線に飛び上がる蝮の、牙のある口に手拭いを首から取って噛ませる。
一度噛んで毒を使ってしまうと、次の毒はすぐには使えない。
だからわざと手拭いを噛ませてから掴むのだ。

歯のあるものの口は赤い。
蝮だけではない。川面をすれすれに飛ぶ虫を狙う岩魚の口も、威嚇するときの猫の口も赤い。
口を開けたその中に、真っ赤な色が見えるのは怖い。

採ってきたきのこを置くと、父はだらんとした蝮を「ほれ」と見せ、当たり前のように首を掴んで皮を剥(む)く。
わたしは足がすくんで動けない。
剥くところは覚えているのだが、そのあとどうしたのかは覚えていない。

ずいぶん大きくなってから、父に訊ねたことがあった。

 「あれ、焼酎に入れたの?」

 「いや。おまえに食わせたんだぞ。」

 「う、うそっ!覚えがないっ!」

 「焼いてほぐして、元気な体になるように、飯と餌に少しずつ混ぜて、おまえと年とった犬に食わせた。」

蝮飯と蝮餌、、、。
わたしとあの十八年生きた婆犬は、乳兄弟ならぬ、まむしの兄弟だったのか、、、。
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by NOONE-sei | 2005-03-21 01:23 | 百夜話 父のお話(19)


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