11夜 上等なもの高級なもの


母のおでかけにはわたしが運転手なので、
おかかえ運転手には名前があってもいいんじゃないかと閃(ひらめ)いた。
昔観た、今は失き自由劇場の舞台で、面白い役柄があった。
吉田日出子がお嬢様で笹野高史が運転手。
お嬢様が呼んだ名はコバヤシだったかな。
白い帽子に手袋のコバヤシが、小さな埃(ほこり)も見逃さない、職務に誇りを持った、
神経症的な運転手を芸達者に演じていたっけ。
一方わたしは、白い手袋はしているがそれは紫外線よけ、
車には犬も乗せるので、多少どころか犬の毛だらけでも気にしない。
じゃあ、わたしの名はコ抜けのハヤシでどうだろうか。本日はハヤシの日。
日常だけれども延長にせずに切り分けて捉えてみると、
気持ちひとつでなかなか似合いな感じがしてくる。

街では、用を済ませたあとの百貨店めぐりが母の愉しみで、
買い物を終えて家でファッションショーをするのもまた愉しみのひとつだ。
先日の伯父の一周忌には、宝飾品は黒真珠、靴は銀座ヨシノヤ、
季節と相談してコートはバーバリーを羽織って出掛けた。
家で野良着を着て庭仕事をする母と同一人とは思えないほどここ一番には洒落る人なのだが、
ただ、犬との散歩に小一万もする帽子を買ったりするのには首をかしげるけれども。
普段は気に入ったものを買う人で、ブランドの名に特別な感情を持つわけではない。
だから、ずいぶん前に王様が母から貰って使っていた皮のキーケースが古ぼけたので捨てたら、
あとになってそれがセリーヌという名だったと知って、しまったと思った。

ほんとうに上等でいいものに囲まれて暮らしたいと願うのだったら、
似合ってゆき、身の丈に合ってゆく、そんな出会いかたがいいんだろう、きっと。
けれど、生まれたときからあらかじめ当たり前に裕福だとどうなんだろう。
高村光太郎と智恵子は清貧の暮らしぶりだったと言われている。
光太郎は、入院している智恵子によく銀座千疋屋の果物を買っていくのだが、
ブランドへの憧れとか見栄でなく、そういうものに触れて育った育ちからくる感覚だったから、
暮らし向きが苦しくともそれは別だったんだろう。
似合ってはいるが、身の丈には合っていない感じを本人は感じていなかっただろう。

もともと、お遣(つか)え物に千疋屋の果物というのが当たり前の感覚をわたしは知らない。
千疋屋のものだからありがたい、という感覚はなお知らない。
採ったばかりのものを果樹農家が畑の横で売っている美味しさは知っているが、
名の通った専門店の高級なものがどういうものか、よく知らない。
だいたい、わたしの知る限りこの地に果物店なんてあっただろうか。
食べる物に先取りはあまり価値を見ない。
お洒落に関しては、母のような目利きで先取りすることに価値はあるのだろうが。

ところで、母から西太后の称号を外してしばらくになる。
外してよかったと思うときもあれば、外さねばよかったと思うときもあるので日常とは面白い。
今、わが家には早く外してやりたい犬がいる。
エリザベス。 ・・ペロ コ にこの名は全然似合わない。
ペロ コ は不妊手術後、エリザベスカラーという、外傷をなめて悪化させないための
半円錐形状の保護具を付けている。英国エリザベス王朝のレディーではないんだが。

日々不満そうな顔の、ペロ コ の首から名前とカラーが外れるのはあと少し。
また身の丈に合った暮らしが始まる。





  「上海バンスキング」という舞台でよく知られた
  六本木自由劇場のファンサイトはここ


                                   * *


今夜のお写真は珍しい花桃を。
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この地にいくつかある温泉町のひとつが、観光のために山に花桃を植えた。
白い花桃は初めて見る。


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写真奥でわかりずらいんだが、
真紅の花桃は中国種のものだとか。桃というより、木瓜(ぼけ)か紅梅のような色だ。


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観賞用の桃でも、実は生(な)ると思うんだが、何色の桃が実るだろう。


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これはよく知っている花、大根の花。
この山はもともとは野菜畑だったんだろうか、抜き忘れられた大根がこんなに花を付けた。



・・珍しいからいいというものでもないような気がする。
土地を空けておくのももったいないからと花桃を植え、
いつも一年に一度の愉しみをくれる近所の農家が何件もあるが、
その心意気と相(あい)まって観る花桃は身に近く、親しみ深く、わたしの身の丈には合っている。
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by NOONE-sei | 2009-04-25 17:47


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