24夜 願い


父が手術室に向かう時間に、わに丸は居なかった。
わざとではない。間に合わなかったのだ。

「頼みがある。取り出した臓器を写真に撮ってくれ。じいちゃんは、手術が終わっても
眠らされていてきっと見られない。約束だぞ。」
わに丸は、手術の何日も前から父にそう言われていた。
 本当は引き受けたくない。自分の、壮絶な五歳の手術の記憶と重なるから。
そして、人工心肺に器官をつなげておき、自分の心臓はいったん取り出されて
再び体に戻ったことを知っているから。

わに丸が拒めなかったのは父への愛情からだけではない。
父の言動が、術前の緊張や興奮から来るものではなく、ゆるぎないものだったからだ。
 王様はひそかに自分が願いを叶えてやろうと決め、わたしはひそかに
医者に話して折り合いをつけようと考えていた。母、西太后は別次元にいた。
自分の心細さでいっぱいだから、ひとりで付き添わずに済む方策を練っていた。

執刀医による説明に呼ばれた日。
手術に関する全ての説明を聞いたあと、父は自分の口から願いを告げた。
「自分の体の中で、なにが起こっていたのかを知るのは大事なことですから、
私はそれをちゃんと知らなくちゃいけない。自分の目で見られないなら、孫に
写真を撮らせてそれを見たいです。」
それを聞いて医者は、
「取り出したものは、すぐに病理に回して細かく切って調べます。
細かくなってしまったものは、お見せしようにも見せられないので、
こうしましょう、形のある状態で撮った写真を差し上げます。
個人情報ですから、お孫さんといえども写真を撮ることはできません。
しかし、ご本人がご自分の写真をもらう、これなら拒む理由はありませんから。」

手術直前。
ストレッチャーの上で父は上機嫌だ。薬が効いているのか、願いが叶ったからか。
「ハラヘッタなー。腹の中はカランコだよ、もう。オレは今(まな板の上の)コイだからね!
イカ(刺身)になって帰ってくるから、ハハハ。」
酔っ払っているようだが、入院中、ずっとこんな調子だった。
浜で育ったせいでイカが大好物の父は、イカになるんだという。

実のところ手術時間が予定より延びて気が気でなかった。
西太后は一族に囲まれ賑やかに控え室にいたので、気づかなかったようだが。
複数の付き添いを遂に許可してもらえなかったことを思い出して、急に不安に
なるよりずっといい。
 
術後、父と同時に臓器も運ばれてきた。
人間はゼンマイ仕掛けの人形とはちがう。オブジェではない、これは現実。
王様と私、そしてわに丸でそれはそれは丁寧に確認した。わに丸はどう思ったか。
「・・・・ゆば。きれいだね。」

処置が終わり、病室ですこし眠ったあと、目覚めた父がわに丸を呼んだ。
酸素マスクで動かない口と点滴の管で動かない手で、
わに丸の頭を撫でて言った。
「えらい、えらい。」

がんばったあなたもえらかったんだよ、おとうさん。
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by NOONE-sei | 2004-12-20 01:12 | 百夜話 父のお話(19)


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