1夜 生きた心地 


手厚い看病をしたと言っていいと思う。
ここ十日で急激に衰弱していった猫を車に乗せ、吹雪く嵐の三日三晩獣医に通った。
体温や体重の推移、食への意欲や行動の意志を確かめながら、
医者は生きようとしていると判断して治療を続けた。
静かに逝こうとしているなら見守るにとどめたのだけれども、
もとより猫は生まれたときから虚弱でぎりぎりのところで生きており、
意志に体の力がついてゆかないだけだという判断だった。
意識レベルがあるのならよりよく生きるための努力をする、・・それは父の看護から学んだこと。
逝くことがわかっていたけれども、その時が来るまでは猫の望むようにしてやる。
看病というよりも、看護と言ったほうがぴったりするのかもしれない。

陰猫(かげねこ)という言葉があるのだとか。
ことに来客があるときなどは人前に姿を現わさない。
餌を食う時だけ姿を見せる猫。アク コ もそのような猫だった。
ところが父の自宅ホスピスが始まると、人の出入りが多くなったものだから、
姿を見せ、時には人の輪に紛れていたりして驚かされた。
父にだけ懐(なつ)いていたから、毎夜父の寝台の下で寝た。

アク コ はそもそも野良の子で、虚弱に生まれたためにわが家に居ついた。
母猫に生きた餌を食わされて育ったけれども、自力で獲る力はないだろうと見くびっていたら、
昨年の秋には、言葉にするのもおぞましい長いものを獲って家に持ち込んだのでひっくりかえった。
しかも信じられないことに、アク コ が齧ったのか、長いものは出血しながら暴れた。
田んぼの側溝に流してこいと母にどれほど言われても、
わたしがそれだけは勘弁してくれと頑なに拒んだものだから、鰐号がしぶしぶ出動し事なきを得た。
アク コ は普段から、うまく手を使い蓋のある器からも盗み食いをする知恵があったので、
出入り口をきちんと閉めない鰐号に、猫が入って来るからちゃんとしてくれなければ困る、と
注意するいい口実も作ってくれた。

アク コ は、わたしたちが父の命日に一周忌の人寄せを終えた途端に、ほとんど物を食わなくなった。
医者に言われて振り返れば、年が明けると多尿期に水を大量に飲み、それを過ぎて乏尿期に入っており、
見た目にも衰弱がわかるようになっていた。
まもなくだろうと感じたので、医者にはっきりと診たてと方針を言ってもらった。
「一週間までもたないでしょうが、見ていると、生きたいように見える。動けないけど動きたい気があります。
外に行きたがったら連れていくとか抱いて外を見せるとか、楽しみは取り上げないでいきましょう。
口に入れれば食べ物を吐かずに飲み下すのだから、食べられないだけで食べようという気があると思います。
点滴はミネラルと水分の補給にしかなりません。口から栄養を摂るに勝るものはない、
だから三時間おきの強制給餌でいきましょう。
それから、必要以上に始終顔を覗き込んだり声を掛けたりしないで、いつもどおりでいきましょう。
あんまり構われたら、生きた心地がしないでしょ?」
『生きた心地』とはびっくりするような表現だ。
生きた心地、生かした心地。数日間、それだけを思った。

いよいよかと思う晩、寿司とたらちりを用意して、家族全員で食卓を囲んだ。
父もそのような最中(さなか)に呼吸することをやめたのだったが、アク コ も同様だった。
不思議な符丁など、わたしは信じないのだが、父の命日から十日後の同じ時刻に逝ったのには驚いた。
九年間、よくがんばってぎりぎりの生を生き抜いたと思う。動物とは天晴れである。
アク コ は死ぬまで生きた心地がしていただろうか。




ブチ コ の話  本日の産声 四
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クロ の話    時おりの休息 無口な猫





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by NOONE-sei | 2009-02-21 04:01


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