98夜 赤いかまぼこ


ゆく年くる年。
明けゆく年くる佳き年という意味だろうか。
正月の来ないわが家は言祝(ことほ)ぎを言わない。
言わないままゆく年とくる年のあわい狭間でよろしくを言う。

おせちの準備をしなかったけれど、ひとりで暮れの買い物には行った。
大きな店舗には家族連れの客がごった返しており、
晦日に食べたいご馳走を選んだり、元旦に食べたいおせちの、出来合いの素材を選んだり。
その晩の食卓の賑(にぎ)わいが見えるようだ。

一昨年までは、父が暮れの買い物をしていた。
食料の買い物が好きな父と、それが嫌いな母。
料理をよくする父と、料理が嫌いな母。
母は、父のいいところの影響を受けろよと言いたいくらいに
父の人懐(ひとなつ)こさとは縁遠い。
どうしてこういう組み合わせかなぁと不思議になる。

お神酒徳利(おみきどっくり)とは酒を入れて神前に供える一対の徳利。
転じて 同じような姿をした一対の人や物。
一対とはいい言葉で、父と母は似ていなかったが一対だった。

暮れに、母の冷蔵庫に赤いかまぼこがあって驚いた。
正月の来ないわが家、わたしはにんじんの赤が入らない煮しめを作ったというのに。
聞けば、かまぼこが食べたくなって買ったら、
売り場には正月準備の食料品が並んでいるのでたまたま赤かったという。
そういう、こだわりがないというよりも屈託がないところが母にはあって、笑ってしまう。
父と母がよく行ったラーメン屋になぞ、いないだけで悲しいから行くのが嫌かと思いきや、
存外平気でわたしを誘う。

通夜も斎場も告別式も、涙のなかった人だから周囲は驚いていたけれど、
わたしとふたりになるとこんなことを言う。
「お父さんはわたしがお父さんを好きなくらいにわたしを好きだったかな。
 わたしはこんなにお父さんが大好きなのに。」
それでいて仏壇に花を飾るわけでもなく、墓に足げく通うわけでもない。

赤いかまぼこを買うひとは、今でも父を愛していて、あの世とこの世のあわい狭間にいる。




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皇族のお屋敷、お姫さまが使うような鏡台。
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by NOONE-sei | 2009-01-06 03:11 | Comments(10)
Commented by しょーじ at 2009-01-06 12:25 x
古来からの伝統は、先人の知恵の積み重ねであるので決して馬鹿にはできませんが、
人の感情には「形」にできぬものもあるわけで、むしろ「形」にしてしまうと
違うものに感じられてしまうこともあるわけでして、
「形」にとらわれずに生きていく姿は、私の憧れでもあります。

でも、セイさんはどうやらお母様似ではなさそうですね(苦笑)?
Commented by NOONE-sei at 2009-01-06 23:25
しょーじさん、
「ならわし」は面白いものだと思うのですが、「しきたり」は威圧感がありますね。
面白がれない仏事なども、ちょとつらいものがあります。
ただねー、赤いかまぼこねー、
わたしはひっくりかえりましたよーー。
まだ喪中ですのでねー。
母は、昔の人じゃないみたいなひとですのでね、
古典的な日本女性を想像してはいかんのです。
・・が、じゃぁわたしはというと、やっぱり日本女性からはちょと離れていて、
でも母ほどびっくりさせるのでもない、ってとこでしょうか。
はねっかえりなところは ・・似てるかも、、、 ひーー
Commented by ブッピー at 2009-01-07 00:09 x
セイさん
今年もぴぴ共々、宜しくお願い致します。

なんだか狭間という言葉と、三面鏡がしっくりくるなぁと
感じた写真でした。

セイさんのお母様。
言ってる事とやってる事がというか
思いとうらはらというか。

でも、なんだか。
こうでいいんだなぁとか、ありのまま素直とか、
すこぉーし。羨ましく思いました。

あっ、そして。
昨年読んだ本を振り返って。
銀の匙。これが私のベスト。
後からじんわりじんわりと、思い出すんですよねー
Commented by かよ at 2009-01-07 16:34 x
お久しぶりです。

セイさんのお父さん、お母さん。
なんだか、ひすと私のような。。
私達も似ていないけれど、やはり一対なのかな。

セイさんのお母さんの言葉が、とても切ないです。
仏壇に花、まだまだ、飾りたくないんだろうなって思います。



Commented by ひす at 2009-01-07 16:56 x
「こう思うはずだろう」は「こうしなければいけない」とおなじように、
他者から言われない限り意識すらできないことなんでしょうね。

冷蔵庫の赤い彩りもいいではないですか。
真っ暗の時間が止まった箱の中に、大切にしまわれた赤いカマボコ。
そうおもうと、お父さんを想う、お母さんの気持ちのようで、
そこまで色を抜いてしまうこともないと思いました。

お母さんの問いかけは切ないですね。
時折奥さんも、わんこたちに向かってそう問い掛けております。
不安になるのでしょうか…

わたしは、そう思わない性質なので、
「ああ、そういうことも考えるんだ。」
とそのとき初めて気付きました。

今日は七草。
春ですかね。
Commented by NOONE-sei at 2009-01-09 01:40
ブッピーさん、
お正月をすばらしい過ごされ方でしたね!ぱちぱち
ブッピーさんもぴぴもことよろでございます♪

>なんだか狭間という言葉と、三面鏡がしっくりくるなぁと
おぉ、とっても嬉しいなぁ。
一枚のお写真にもときには物語やテーマが宿りますからねー、
ブッピーさんの読みは深いぞっ。
・・・ほんとは、おばあちゃんになってもお姫様の母をイメージしただけなんですけどね、
こうして感じたことを聞かせてもらえる場があって、わたしってしあわせものかも・・。
母のこと、わたしもうらやましいです。いつもうらやましいと思っています。
今日は月命日でお墓参りしたんですけど、花とか買わずに
そのまま行ってしまう母でしたーーー、わははは

銀の匙! よろこびのダンス~ (~ ̄∇)~ ( ̄∇ ̄) ~(∇ ̄~)
Commented by NOONE-sei at 2009-01-09 01:49
かよちゃん、コメントありがとうです、ぺこり。
あのね、父と母におふたりは似ているところ、あります。
でも、母はもっと自由で我が儘な女性だし、父はそういう悪妻を飼っているひとでしたから、
ちがうところもいっぱいあります。

うん、母の言葉は切ないですよね。
と同時に、この人はずっと女性でいられた幸せなひとなんだとも思いました。
母よりおばあちゃんより、女性であったのだと思ったら、
いろんな、頭にくるような不可思議な言動が腑に落ちるところ、ありました。
あのね、仏壇に花がないのはね、ただ気がついていないだけーーー、ぷぷぷ
Commented by NOONE-sei at 2009-01-09 02:02
ひすさん、
>「こう思うはずだろう」は「こうしなければいけない」とおなじように、
>他者から言われない限り意識すらできないことなんでしょうね。
ひすさん!そう、それだ!
今は父を失ってそうなのではなくて、いつも、気がつかないみたいなんですけどね。
そういう、いい意味での通念とか常識とかは、父が全部負っていたので、
母はそういう一般的なことを意識しないで今に至っちゃったようなんです。
だから、今、急激に吸収して思考を始めたように見えます。

しかし、わたしに(わたしだけに)言いますかね・・、その問いかけ。
淡々と受け止めるのは、精神力が要りますよ・・。

わたしの近親憎悪が、少しずつ薄らいでゆくのが自分でもわかります。
わたしも少し救われてきたのかなぁ。
Commented by くるり at 2009-01-09 03:27 x
凹凸が上手くはまるから
長く夫婦でいられるのかもしれないね。

どちらも出てるだけじゃだめ
どちらも凹んでるだけじゃだめ


うまくくっつくためには
どこか凹んでて
どこか出てなきゃいけないわけで

セイちゃんのお母様も
お父様の何かを補ってたんだと思うなあ。


…うちの母親は「おしゃべり」じゃないかねえ(`∀´)
私も旦那の何かを補えてれば良いのだけど。
Commented by NOONE-sei at 2009-01-13 01:38
くるりちゃん、お返事遅くなりました、ごめんね。
いま、父の一周忌の準備に追われているのですが、
ここに至るまでがいやはや~~、母もいろいろ学習したようでよかったよかった。
父の何を補っていたのか、今はちょとわかる気がしますよ。
父の自信のもとだったのではないかな。
周囲に気を配り過ぎる父、周囲に無頓着な母、
礼を重んじ儀礼を欠かさなさ過ぎる父、常識を飛び越える母、
・・というように、「過ぎる」ところを削っていたのが、母だったかもしれません。
それも「補う」ことのひとつかもしれないなぁ、とくるりちゃんの文章を読んで思いました。

補えているよ、くるりちゃんは。 V ぶいっ。
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