95夜 動物になってしまう


鬼にも蛇(じゃ)にもなれるというじゃないか?
愛する者のためならば。
その強烈な喩(たと)えにくらくらしてしまう。

火の中水の中、と自然界のものを喩えることもある。
総じて、身を挺して大切なだれかを救いたいという強い願い。
そんな気持ちになったことがあるだろうか。

「お母さんと一緒に死のう。」
そう言って裸足のまま小さなわに丸を引きずって外に出たことがある。
あんまり悪い子で他所様(よそさま)に迷惑をかけるから、
神経どころか脳幹そのものがぶつりと切れたように血が逆流した。
ところが外は、雪の日でもなく海でもなく、もちろん火の中でもなく、
ただのおっとりとした田んぼ。
救うだとか願うだとか、そんな尊い気持ちはみじんもなく、
ただの本能の、瞬間的な反応だった。

なにかを喩えるのに動物になぞらえることがよくある。
鬼も蛇もちょと勘弁してほしいけれど、
ちかごろ、うちにはムササビがいる。
床からそれはそれは高く跳び上がる子犬を王様と鰐号が見て、
「ムササビジャンプ!」と笑う。

笑ってはいられないのだ。
迎えたときから頭ひとつ大きくなった子犬は、
蛙のジャンプのケロリンとか、ケロ コ とか、なさけないジャンプではなくなった。
脚の付け根の筋肉の線がはっきりと見える。

あのころ鰐という動物の調教に苦戦したわたしは、
いま、自分が動物になって子犬と戦っている。
ジャンプしたら必ず潰すし、転ばすし、ときには頸に噛み付く。
向かって来た首の付け根を持って、左右に揺らすさま、どこかで見たような。
そうそう、相撲取りの稽古でこういうのがあった。

・・つまりわたしは今、ムササビ部屋の親方なのである。


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これはなに?
なんという動物に喩えよう。

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by NOONE-sei | 2008-11-12 11:35


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